ほのぼの童話

りっこ

お日様への頼みごと

静まりかえった夏の庭。人間たちが、照りつける太陽を避けているせいでしょうか。元気いっぱいに背を伸ばす草花たちの傍には、誰もいません。


おや、ちょっと待ってください。生い茂る葉の影から、小さなつぶやきが聞こえます。

「今日もおひさま。昨日もおひさま。その前も。毎日毎日おひさまばっかりだ」

そよ風にまぎれそうな声の主は、咲き誇るダリアの根元にいるようです。

「日差しは強いし、土の上は熱くなるし。この調子じゃ、干からびちゃうよ」

目をこらすと、うらめしそうに空を見上げるアマガエルの姿がありました。

「干からびたりなどしないさ。若いもんは大げさで困る」

アマガエルは、まんまるい瞳をくるり。年かさの仲間が葉っぱの上から顔をのぞかせていました。

「ほんの何日か雨が降らないくらいで、命に関わることもないだろう。不満を言うでない」

「なんだい、少し長く生きてるからって、偉そうに」

この春に生まれたアマガエルは、夏の暑さを初めて経験します。

「おまえさんだって冬になれば、太陽のありがたみがわかるよ」

「うるさいうるさい。僕は雨が好きなの。じっとしてるのは、もう限界だ」

アマガエルは前足をペタペタと鳴らします。降り注ぐ雨の滴に合わせてハミングしたり、緑色の背中を存分に濡らしてみたり。毎日のように雨が続いていた季節は、楽しいことがたくさんあったのです。


アマガエルの瞳は、葉の間からわずかに見える空を捉えました。

「僕、おひさまにお願いしてみる」

宣言するが早いか、アマガエルはヒョイヒョイとダリアの茎をよじ登っていきます。

「おいおい、あんまり目立つと、鳥や人間につかまってしまうよ」

引き止める声もなんのその。ちゃんと空から見える場所で、しっかりと声をあげたら、願いを叶えてもらえるかもしれないのですから。目指すは、透き通るようなピンク色をした大輪の花のてっぺんです。自慢の吸盤を使えば、茎をのぼるなどたやすいことでした。


「うーん、さすがに花びらの上はバランスが悪いな」

足をかけるたびに、ゆらゆらと揺れる花。慎重に慎重に歩を進めなければなりません。

「おーい、気をつけろ。ハチが怒ってるぞ」

心配そうに見上げていた仲間が、突然警告を発します。瞳をくるりと回すと、後方から一匹のミツバチが突進してくるところでした。驚いたアマガエルは、小さく飛び上がります。

「まったく、あたしの邪魔をしないでよ。花の蜜を集めるのって、とても大変なんだから」

ブンブンと羽音に不満を紛らせたミツバチは、すぐに遠ざかっていきました。

「おーい。大丈夫か」

心配そうに呼びかける仲間の声で、アマガエルは我に返りました。くるりと瞳をめぐらしても、一面がピンク色。どうやら飛び上がった拍子に花の真ん中、花びらと花びらの隙間へもぐり込んでしまったようです。ぐんと前足を伸ばし、指先をひらひらさせて無事を伝えると、仲間は安心したように、ケロっと声を漏らしました。


ここからが本番。おひさまからよく見えるよう、花びらの間から顔を突き出します。しかし空を見上げたアマガエルは、瞳をパチクリさせたきり、何も言うことができませんでした。雲一つない青空。葉っぱの下からでは気づきませんでしたが、広くどこまでも続いているのです。吸い込まれるような光景に、心が解放されていくようでした。

「……おひさまの日も、悪くないか」

誰にも聞こえないように、アマガエルはそっとつぶやきました。朝露が残る花の中はしっとりとして、いい香りが漂っています。知らず知らず、まんまるの瞳がとろんとしてきました。


「早く逃げろ!」

仲間の声にハッと瞳を上げると、間近に迫った大きな影が、自分を包み込もうとしているところでした。アマガエルはありったけの力で飛び上がります。背後から、人間の女の子の悲鳴と泣き声が聞こえてきました。

「おにいちゃん、カエルがジャンプしたよお」

「カエルなんだから跳ぶに決まってるだろ」

わあわあと騒ぐ兄妹に、離れた草むらで身を隠すアマガエルの姿は見えていないようです。


「まあ、しばらくはおひさまの日でも、いいさ」

アマガエルは背を向けて、ぴょこぴょこと去っていきました。

「おにいちゃん、おいていかないでえ」

静けさを取り戻す夏の庭。太陽の下で、ぼんぼりのようなダリアの花が揺らいでいました。

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