キッドナッパーズ - 言えない誘拐

@yusukexo

第1話 黒い封筒 1

「勝ち続ける方法は一つしかない。自らの強みを磨き上げ、その強みを活かして戦うことだ。」


2019年4月1日。新入社員200人を前に、私は訓辞を始める。


株式会社インフォ・テーブルの東京都港区の本社会議室。今日から我が社の仲間に入った若人たちは、一言も逃すまいという眼差しでこちらを見ている。


恐らく一年後には私の話した内容など誰も覚えていないだろう。それどころか、何割かはこの会社を去っているはずだ。


一人当たりの採用コストは約100万円。何の貢献も会社に残せない者もいるが、何百人に一人は会社に数十億の利益をもたらす。残りの人材の採用は、そんな金の卵を産む鶏を見つけるための必要経費だと割り切っている。


私は合理主義者だ。


自分の望むものを手に入れるためであれば、手段は問わない。感情論に流されず、必要悪も受け入れる。


こうした哲学で、30年前に創業したこの会社を、日本で三本の指に入るまでに成長させてきた。それがこの東堂勝。


10分ほどの訓辞を終え、私は最後まで入社式に残ることなく、15階にある社長室に戻る。


パソコンを開き、昨日で終わった第30期の国内外の業績速報を確認する。一昨年比15%の成長。この規模の会社にしては上出来だが、株主は納得しないであろう。さらに高いリターンを求めている。


今後の戦略に頭をめぐらせていると、社長秘書の菊名がノックをしてドアを開ける。


「あとにしてくれないか」


「しかし東堂社長、こんな郵便が…‥。内容だけご確認いただいた方が良いかと」


菊名は狼狽しながら、一通を黒い封筒を手渡してきた。封は既に切られている。毎日無数に届くダイレクトメールや営業の手紙は、社長室のスタッフがすべて目を通し、必要な物だけを私に届けている。


私は封筒を受け取り、中をあらためる。黒い封筒がやけに禍々しく感じられる。

中には3つ折りにされたA4のコピー用紙のみが入っており、無機質な明朝体のフォントでこう記されていた。


「竜也は預かった。生きて返して欲しければ警察には言うな。金を用意して指示を待て」

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