外伝Ⅱ 妖花~その19~
オルトス・アーゲイトが残したと思われる書物は全部で三冊あった。そのうちの一冊を読み終えたサラサは複雑な心境になった。
『これは途方もないものを見つけてしまった……』
この書物に書かれていることが事実であるとするならば、サラサ達が知っていた歴史とは随分と違うものになってしまう。
『それは大げさかもしれないが、少なくともここに書かれているザーレンツは天下の悪人には思えない』
そもそもザーレンツというのが名ではなく姓であることも初めて知った。オルトス・アーゲイトが書き記すザーレンツは、権力への志向性は強いものの、私欲のために政治を壟断し、皇帝を弑逆して帝位を簒奪するような悪人には思えなかった。
『しかし、ザーレンツがロートン二世を弑逆し、皇帝を僭称したのは確かだ』
それが歴史的事実であることには変わりない。だとすれば、どこかの時点でザーレンツという男に何かが起こったのだろう。
『それにしてもオルトス・アーゲイトはなかなかの人物じゃないか』
その名は完全に歴史の中に埋もれていた。おそらくはザーレンツと知己であったがために、歴史上抹殺されたのだろう。しかし、オルトス・アーゲイトの事績は歴史書に記されていてもおかしくないものであった。
『聖人君主ではないが、政治の清濁を併せ持った能吏だ』
オルトス・アーゲイトは決して清廉潔白ではない。だが、清廉だけでは政治は動かないと言うことを知り抜き、汚濁の部分を受け入れつつもそれを可能な限り清流に乗せようとする手腕はサラサも手本にせねばなるまいと思った。
ワグナス・ザーレンツが大悪人へと変貌する変遷。そしてオルトス・アーゲイトの事績。その両方がサラサの知的好奇心を刺激し、二冊目に手を伸ばさせた。
そこへ侍女長がノックしてサラサの寝室に入ってきた。
「あらまぁ、陛下。こんな夜更かしを成されては明日の政務に差し障りますよ。お早くお休みください」
この侍女長はサラサが即位してからミラが見つけてきた中年の女性である。なにかと世話焼きで、相手が地上の最高権力者であっても母が娘に接するような遠慮のなさがあった。サラサはそれを不快に感じることなく、寧ろ面白みを感じていた。
「分かったよ。やれやれ、軟禁されていた時は徹夜で本を読んでも怒られなかったのにな……」
「それでは陛下、お休みなさいませ」
侍女長はサラサの愚痴など聞こえていないかのように、勝手にランプの火を消した。サラサはベッドの中でしのび笑いながらすぐに眠りに落ちた。
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