外伝Ⅱ 妖花~その13~

 歳月はさらに二年流れた。


 オルトスは相変わらず皇帝直轄地管理局に所属し、各直轄地から上がってくる租税を現金に替え、皇族や貴族達に分配する仕事に従事していた。


 片やワグナスは異例の昇進を遂げていた。すでに財務局の副局長にまでなっており、来年には財務局長あるいは皇帝の秘書官になるのではないか、と噂されるほどであった。勿論、ワグナス自身の能力と仕事上の実績による昇進であったが、カップナプル事件で皇帝の目に止まったのも大きかった。実際に彼の上司達は、皇帝の覚えめでたいワグナスを手放しで褒めそやし、あからさまに媚を売るものもいた。それは官吏だけに限らず、皇族や貴族達も同様であった。


 「今日はエンズバー子爵主催の舞踏会が行われるわ。たぶんに漏れず、ワグナスちゃんも呼ばれているみたいね」


 ランスパーク男爵夫人宅に恩給を渡しに来たオルトスは、夫人にそう言われた。流石帝国の社交界にその人ありと言われている男爵夫人である。ここのところ社交界上の情報は夫人から得ることが多かった。


 「その様子だとオルトスは呼ばれていないみたいね?」


 「呼ばれていないどころか初耳ですよ。それに私はエンズバー家とはあまり縁がありませんので」


 オルトスは夫人が入れてくれた紅茶を啜った。とある貴族の子弟から送られてきた高級茶葉らしい。オルトスは夫人宅を訪れる度にこのような普段口にできない高級品を味わうことができた。


 「私も呼ばれていないわ。あの家のクソ親父、色目使ってくるのよ。以前つれなくしたら、それっきり呼ばれなくなったわ」


 せいせいしたわ、と鼻で笑いながら夫人も紅茶を啜った。


 「じゃあ、別の舞踏会に?」


 「今夜は何もなしよ。ああそうだ。オルトス、夕食も一緒にしない?」


 「遠慮しますよ。あまたの貴族の子弟を敵に回すわけにいきませんから」


 肉感的で美貌溢れる男爵夫人は、皇族貴族の男性から人気があった。実際に男爵夫人宅に出入りしている男達は数知れず、浮名を流していた。


 「あんたもつれないわね」


 男爵夫人は不満そうに口を尖らせながらも、すぐに改め嬉しそうに微笑した。オルトスとしては男爵夫人に魅力を感じないでもなかったが、仕事上の相手である以上、深い仲になるつもりは毛頭なかった。男爵夫人もそういうオルトスの姿勢を好ましく思っているようで、二人は良好な関係を続けていた。


 「それにしてもワグナスちゃんは凄いわね。官吏になって五年でもう財務局の副局長なんて帝国有史以来の大出世よね」


 「我ら若手官吏の星ですよ。とても適いません」


 「そう言ってもオルトスも二等官吏でしょう?十分出世しているじゃない」


 男爵夫人は決して同情しているわけではない。一般官吏には五等級の階級があり、ワグナスと同じ時期に合格した官吏でもまだようやく四等官吏になる者がほとんどである。オルトスも出世する速度は速いほうであった。


 「ワグナスには負けますよ」


 と言いながらも、ワグナスに嫉妬があるわけではなかった。官吏になった当初は花形部署に就けずに落ち込み、ワグナスのことを羨んだこともあったが、今はそういう気持ちはまるでなかった。


 『私には私の道がある』


 官吏になった時は出世をし、帝国で権勢家になることこそが官吏の道であると思っていた。しかし、ここ数年でそれがすべてではないということに気づかされていた。それは帝国官吏となる以前にカールネーブル領で領の経営に携わっていたこと、そして皇帝直轄地管理局に配属されたことと無関係ではなかった。直接租税を徴収する立場と、その租税を再分配する立場の両方を経験したことで、領地経営というものに面白みを感じていた。


 「変わったわね、オルトス」


 男爵夫人もオルトスのそういう心境の変化を敏感に感じているようだった。


 「でも、ワグナスちゃんは変わらないわね。有能だけど、相変わらずギラギラしている。見ていてはらはらするわ。ちょっとは諫言してあげたら?それとも最近会っていない?」


 「会ってますよ。昨晩も下宿先で話をしました」


 それでも以前よりかは明らかにワグナスと接する機会は減っていた。それはお互いの仕事が忙しいからであるとオルトスは思っていた。しかし、


 『果たしてそうか……』


 と思う己もオルトスは認めていた。昨日話をした内容も雑談の域を出るものではなく、かつてのような熱い政治談議をする機会は明らかに減っていた。


 ランスパーク男爵夫人邸を辞したオルトスは一度皇宮に戻った。事務処理を行い、そのまま帰ろうと思っていると、皇宮内での偶然にもワグナスに出会った。


 「やぁ、オルトス。今日はもう終わりかい?」


 ワグナスはひとりであった。着飾っていて、これからそのままエンズバー家主宰の舞踏会に出かけるのだろう。


 「終わりだよ。君は舞踏会かな?」


 オルトスは知らぬ態を装った。


 「晩餐会だ。エンズバー家だ。今でこそ中流貴族だが、かつては帝国で権勢を得ていた家だ。私の祖先とも付き合いがあったらしく、そのことで意気投合してね」


 ワグナスは嬉しそうに話した。このことにオルトスは違和感を覚えた。


 「どうだ、オルトス。君も一緒に行くか?子爵に誼を通じておくのは悪いことではない」


 「遠慮するよ。ここ最近、どうにも疲れていてね」


 そうか、とワグナスはあっさりと引き下がり、二人はその場で別れた。オルトスは本当に疲れを感じた。

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