外伝Ⅰ 朝霧の記~その28~
正統帝国軍は北上し、新帝国軍は南下している。この二つの軍がどこかの地点で会戦を演じるのは時間の問題であった。
ナガレンツ領はすでに中立を宣言している。新帝国軍にも正統帝国軍にも書状を出し、局外中立と双方の間を取り持つ用意があるとした。これに真っ先に反応したのは新帝国軍であった。
「マノー家の言い分は理解した」
書状を読み終えた皇帝代理のアルベルトは、使者を務めるイギル・ギルギスに対して応えた。
「我らに敵対するつもりがないのなら、我らとしてもナガレンツ領を攻める道理がない。和平の取り成しもありがたい話だが、それは相手にそのつもりがあるかどうかだ」
我らだけの問題ではない、とアルベルトは言った。
「ご尤もなことです。すでに正統帝国にも使者を出しております。向こうにもその意思があるのなら、すぐでにも会談のご用意を致します」
「期待しよう」
アルベルトはそう言いながらも、まず無理であろうと思っていた。
「我らを討つと言うのが、正統帝国とやらの大義名分だ。そのために烏合したんだから、我らと和解するなんてあり得ないだろう」
使者を帰した後、アルベルトは諸将達を集めた。
「ナガレンツが敵に回らないだけでもよしと致しましょう。ナガレンツの兵は精強ですし、攻めるのも難しい地理です」
ここは無視して南下しましょう、と大将軍のバーンズは地図を指し示した。アルベルトは何度も頷いた。
「このまま南下して敵と会戦している時に背後をナガレンツに襲われるという可能性は?」
と疑義を呈したのは第一軍を預かるジンであった。
「まずない。そんなことをすればナガレンツは天下に対して恥を晒すだけだ。それに今のナガレンツの政治を見ているのは俺の友人だ。そんな卑劣なことをする奴じゃない」
アルベルトは断言した。
「だったらとっとと南下しましょう!」
そう吠えたのはリーザであった。バーンズは困った風にアルベルトを見た。アルベルトもやや肩をすくめた。天下の大将軍もリーザには手を焼き、アルベルトも苦手ではあった。この猛将が従順になるのは皇帝であるサラサと後に旦那となるテナルの前だけであった。
「まぁ、そう急くな。リーザには存分に暴れてもらうさ」
アルベルトはそう言って宥めるのがやっとであった。
「しかし、南下はせねばならない。大将軍、斥候を出しつつ、ゆるりと南下しよう。急ぐ旅でもないからな」
「そう致しましょう」
アルベルトとバーンズは顔を見合わせて頷いた。リーザのみが不満顔であった。
一方で正統帝国側に対する使者は失敗に終わった。使者は家老の一人であるマシュー・ゲンビルが務めたが、門前払いとなった。
『中立も和平もない!我らに味方するか否かだ!味方しない以上は敵と見做す!』
北伐軍の総司令官であるグランゴーはそう言い放ち、マシューに会うこともなく書状を突き返した。マシューはほうほうの態で帰らざるを得なかった。これはツエンにとっては想定内のことなので動揺しなかったが、グランゴーの方が動揺した。
『この決裂がナガレンツを賊徒どもに走らす結果になるやもしれん……』
マノー家は口でこそ中立を語っているが、生き残るためには新帝国側に下るかもしれない。そういう恐怖が使者を追い返してから急に頭に浮かんできた。
『ナガレンツを押さえるために兵を派遣するか……』
ただでさえ兵力は新帝国に劣っている。ここで兵を分けると、さらに数的不利にたたされる。その危険は承知しているが、ナガレンツ領の兵にわき腹を突かれるかもしれないというのも危険に思えた。
『千名の兵をナガレンツ方面に向ける。戦闘する必要はない。ナガレンツの奴らをナガレンツに閉じ込めておくだけでいい』
グランゴーはナガレンツ領方面へ派遣する将にそう訓示した。その将は、レスナン・バルトボーンの息子ミナレス・バルトボーンであった。
ミナレスは、サラサ・ビーロスが帝都に迫った時、帝都を守る主将であった。しかし、サラサと一戦交えると敗北して早々に降伏した。サラサが帝位に即位した後、恩赦によって解放され、父の後を追ってジェノイバ領に潜伏していたのだった。
ミナレスにとっては名誉挽回の好機であった。ミナレスは意気揚々とナガレンツ領方面へと軍を進めた。
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