外伝Ⅰ 朝霧の記~その24~

 正統帝国からの勅使は、ナガレンツ領にもやってきた。勅使はタシル・ワムラという若者で、グランゴーの甥であった。


 勅使は領都ナオカに入るやいなやスレスとの面会を要求した。スレスとしては、相手が帝国の勅使を名乗っている以上、受け入れるしかなかった。


 勅使であるからタシルが上座。スレスは次の間にさがって平伏している。そのさらに後には家老としてツエン、マシュー、イギルが控えている。


 タシルは大げさな動作で書状を広げると、内容を読み上げた。正統帝国がいかに正統で素晴らしいかを美辞麗句を並べて書き連ねた長ったらしい文章であったが、要するに正統帝国の一部となれということであるらしい。


 「以上が勅状である。スレス・マノーは謹んでこれを受けるように」


 タシルは勅状を畳み、差し出した。作法どおりなら、ここでスレスが膝を突いたまま進み出て、勅状を受け取り押した抱くことになる。しかし、スレスは平伏したまま動かず、代わりに口を動かした。


 「畏れながら、申しあげたきことがあります」


 「申してみよ」


 タシルは顔をしかめた。スレスが大人しく勅状を受け取らなかったので、不快感を顕にした。


 「皇帝陛下よりの勅状、まことに光栄の至りでございます。なれど、天下に二帝が並び立ち、帝国を称する国家が二つ並立するとなると、不肖のみとしては困惑せざるを得ません」


 この台詞は事前にツエンと打ち合わせていたものであった。


 「困惑するも何もなかろう。天下に正統なる皇帝はフェドリー陛下のみ。正統な帝国も我らの正統帝国しかあるまい」


 タシルは正統正統と連呼するが、それがツエンにはおかしかった。本当に彼らが自分達のことを『正統』であると思っているのなら、わざわざ『正統』という言葉を使う必要はないだろう。


 『自分たち自身の正統性に自信を持てないのだ』


 そのような連中と組んでどのような未来があるか、正直疑問であった。


 「ひとまずは重臣達と諮りたいと思います。それがマノー家の作法ゆえ、ご容赦くださいませ」


 「いつ返答できる」


 タシルは苛立ちながら言い放った。きっと色よい返事を是が非でももらってくるよう圧力をかけられているのだろう。


 「明日中には。それまで勅使におかれましては、お寛ぎくださいませ」


 「必ず明日に返事をするように」


 タシルは、まるで課題の提出を求める教授のように威圧的に言った。




 スレスは、すぐさま三家老を私室に招き、どうすべきか意見を求めた。


 「もはや猶予はない。諾か否かの二つしかない。まずは応諾する者は手を上げて欲しい」


 スレスが問うと誰も手を上げなかった。


 「では否の者」


 再度問うと、やはり誰も手を上げなかった。


 「この後の及んで意見がないというのはなしだ。出した答えが正しいとか正しくないとかいう問題じゃない。率直な意見が欲しい」


 スレスがぎろりと三家老を睨んだ。マシューとイギルは目を伏せてしまったが、ツエンだけは真っ直ぐにスレスを見返した。


 「お前は何を考えている、ガーランド。まずは諾か否か答えてみろ」


 「否」


 ツエンは短く答えた。


 「私も個人的には否だ。しかし、代々ガイラス家より多大なご恩を賜ったマノー家として、これを無視するのもどうであろうか。また武人の精神としてもこれに反しているように思う。そう考えると素直に否とは言えんのだ」


 スレスの苦悩は彼にしか分からぬものであろう。現実と武家としての矜持。その二つの間で板ばさみになっているのだ。


 「ならば第三の道がございます」


 第三の道。それこそツエンが長年温めていたナガレンツ領の行く末であった。


 「第三の道?」


 「左様です。ビーロス王朝にも正統帝国にも属さず、これらを和解させるのです。我らナガレンツの手で。そのためにもまずは武装中立を表明するのです」


 「武装中立……」


 スレスはその言葉を口の中で繰り返し、目の輝きを変えた。マシューもイギルも、伏せていた顔をあげてツエンを見た。


 「そうか。ガーランドが何度も内政の充実を図れと言っていたのは、このためであったか」


 「ご明察でございます」


 「ガーランドの思慮、私などが及ぶものではないな。この乱世にナガレンツがナガレンツとしてあるためにはそれしかないように思う。他の二人はどうか?」


 スレスは、マシューとイギルにも意見を求めた。


 「スレス様のご決断のままに」


 マシューは、明らかに自分の意見を持ち合わせておらず、もうただ身を任せるしかないのだろう。こんな男が同じ家老かと思うと腹立たしかったが、邪魔されないだけましかもしれぬとツエンは思った。


 「私もガーランドの意見に賛成します。それしか妙案がないように思います。しかし、武装中立し、双方の和平を取り持ったとして、成功するだろうか?」


 イギルはツエンに目を向けた。


 『おそらく成功しないだろう』


 ツエンは腹の中ではそう考えていた。双方ともお互いの存在を認めては存立しえない以上、和平などまず実現しないだろう。


 「成功するかしないか。これはもはやビーロス王朝と正統帝国、双方の次第です。我々が感知することではありません。我らはただナガレンツの武人として、そのあり様を天下に示すだけです」


 「……そうだな。私もナガレンツの武人で家老だ。腹を括ろう。私にできることがあれば何でも言ってくれ」


 かねてからツエンに理解を示していたイギルらしいかった。ツエンは深く頭を下げた。


 「これで決まったな。我らナガレンツは、中立を標榜し、新帝国と正統帝国の和平の為に動く」


 スレスがそう宣言し、ナガレンツ領の方針が決定した。

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