外伝Ⅰ 朝霧の記~その22~

 帝位に就いたサラサは徹底した改革を推し進めた。


 まず政治上の人事面ではジギアス時代の閣僚をすべて馘首して一新した。しかし、閣僚の下にいる官僚に関しては、自発的に辞める者以外は留任させた。行政上の停滞を生まないための処置であった。


 政治上の最高責任者である国務卿にはテナル・ランフィードが就任。その一方でジギアス時代には三閣僚の一角にあった教会伝奏方長官という役職を廃止した。教会との折衝は皇帝自ら行うべしとした。


 軍事面では大将軍の地位にはバーンズ・ドワイトが留任。軍政を担当する軍務卿にはジロン・リンドブルムが就いた。そして皇帝直轄軍には北部諸侯連合時代の各将軍がそのまま軍団長となった。


 人事が整うと、サラサは皇帝としての身辺整理を行った。


 皇宮の半分以上を閉鎖し、それに関わっていた人員を削減して経費の縮小を実施した。そして皇宮の倉庫に眠っていたあらゆる美術品を儀式などで必要なもの以外はすべて売却することにした。その金額は帝国の年間予算三十年分に及び、サラサ達を驚かせた。これについては一度に売却するのは不可能であったため、分割して売却されることになり、予定されていた美術品すべてが売却されたのは、七十五年後、ビーロス王朝四代目皇帝の御世のことであった。


 こうしてサラサは改革を進める一方で、まだ帰属してない南部の十領については、放置する姿勢を示した。


 『私達の仲間になりたくないのであればそれでいいさ。自分達で独立して政治ができるのであればすればいい』


 と周囲には漏らしており、サラサの本心であった。


 だから、新年早々に飛び込んできた驚くべき報告にもサラサはまるで驚かず、表情ひとつ変えなかった。


 その報告とは、サラサに帰属していない南部十領のうち最大の領地を持つジェノイバ領の領主グランゴー・ジェノイバが、逃亡中である先の国務卿レスナン・バルトボーンと先帝フェドリー・フォドロー・ガイラスを保護したというものであった。


 「あまり驚かないのですね……」


 報告をもってきた親衛隊長兼秘書官のミラ・レシャーナが率直な感想を漏らすほどサラサは平然としていた。


 「こういう反動はいつの時代でもあるものだ。旧世代の遺物に縋って新秩序が構築できるのならやってみればいいさ。そう思うだろう、アルベルト殿」


 先ほどまで新しい経済政策について打ち合わせしていたアルベルトは、いつの間にかソファーに寝転がっていた。


 「やれるものならやってみろって感じですな」


 アルベルトはソファーから起き上がり、サラサの机に歩み寄ってきた。サラサが読んでいた報告書を受け取ると、さっと目を通しただけで返してきた。


 「感想は?」


 「ありませんね」


 アルベルトも素っ気無かった。彼もこの事態はそれほど大きく見ていなかった。


 アルベルト・シュベールは現在、帝国において『国師』という地位にあった。『国師』とはこれまでの王朝にない役職で、皇帝であるサラサの相談役といった役割を果たしていた。ちなみにすでにクワンガ領領主の地位は兄に譲っており、帝都に住み着いている。


 国師としてのアルベルトは、政治的には何の権限も持っていないが、サラサには内密にこう告げられていた。


 『もし私に万が一のことがあれば、あなたが音頭を取って善後策を練ってくれ。何ならあなたが皇帝になってもいい』


 この時期、まだサラサは結婚しておらず、身内もいない。そのため皇帝の後継者がいないため、アルベルトもこれについては頷くしかなかったという。


 「別にこの世に二つの帝国があってもよかろう。しかし、我々の領域を侵してくるのなら、容赦をするつもりはない」


 「分かりました。大将軍と軍務卿の招集をかけましょう。いざという時に速やかに軍が動けるようにしておきましょう」


 「頼めるか、アルベルト」


 「勿論、御意にございます」


 では早速に、とアルベルトは退室していった。その去り際、アルベルトはミラに何事か耳打ちをしていった。ミラは顔を赤くして俯いてしまった。


 「どうしたんだ?あの男にいやらしいことでも言われたのか?」


 アルベルトが完全にいなくなってから、サラサはミラに問いただした。


 「いえ、違います。その……夕食に誘われたのです」


 サラサは目を丸くした。ジェノイバ領で起こった変事よりも、こちらの方が驚きであった。


 「なんだ、お前ら。そんな関係だったのか?」


 「いえ、そういうわけでは……。ただここ最近、よく誘われるのです」


 ミラは困ったような、それでいてちょっと嬉しそうに顔を赤くして俯いた。ミラも満更ではないらしい。


 「ふ~ん。まぁ、ああ見えて意外と真面目な男だからな。いいんじゃないか?結婚しろよ」


 「結婚って……。それは飛躍しすぎです」


 「そうでもないだろう。テナルとリーザ達と一緒に式を挙げたらいい」


 「サラサ様!」


 「そう怒るな。あいつは酒飲みだが、いい男だ。真剣に考えてみてもいいんじゃないか?」


 「私よりもサラサ様の方がお先ですよ。お立場上、お世継ぎは必要なのですから」


 ミラが反撃に出た。サラサを黙らせるのに充分な攻撃であった。サラサは口をへの字に曲げながら、別の書類に目を通し始めた。ミラは苦笑しながら部屋を出て行った。

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