決意⑥
三人は連れ立ってサラサの寝室に向った。ミラが遠慮がちに扉を叩いた。
「何だ?」
はっきりとしたサラサの声が返ってきた。寝てはいなかったし、眠そうでもなかった。
「ミラです。ジロン殿とアルベルト様がサラサ様にお話があると……」
「入っていいぞ」
「失礼します」
ミラが扉を開けると、サラサはまだ着替えていなかった。本を読んでいたようで机の上には読みかけの本が伏せられていた。
「何だ?揃いも揃って。帝都から新しい情報でも来たのか?」
「単刀直入に言おう。サラサ様、あなたは帝位に着くべきだ」
アルベルトは前ぶりもなくいきなり言った。あまりに唐突なことなので、サラサはきょとんとしていた。
「またその話か……。何度も言っているだろう。私は皇帝なんぞになるつもりはない」
「もはやあなたがなりたくないとかそういう次元の話ではない。あなたはならねばならんのだ」
「勝手に決めるな!」
サラサは激昂して机を叩いた。しかし、その程度のことで怯むアルベルトではなかった。
「いや、勝手に決めさせてもらう。そうでなければ俺や他の諸侯達、もっといえば帝国の民衆が立ち行かなくなる。そのことが分からぬサラサ様ではあるまい」
「新しい指導者が必要であれば、何も私である必要はないだろう」
「だったら、国務卿が擁立した幼帝や、父を殺してまで己の野心を実現しようとする小僧に帝国の政治を任せられると思うか?」
「その二人は論外だ。帝位に相応しい人物であれば私の目の前にいるだろう?」
「俺か?はははっ、面白い冗談だな。俺は所詮、領主だ。それ以上の器じゃない」
アルベルトは生まれのことを言っていた。クワンガ領の領主の子として生まれ、本来であるならば部屋住みで終わるか、他家に養子に出されるしかなかったのだが、様々なことがあり領主となった。領主となった以上、アルベルトが考えるべきことはクワンガ領をどうするかであり、思考も行動も領主であるという制約の範疇がでることがなかった。それがアルベルト自身、己の限界であると思っていたし、皇帝にならない、なるつもりもない最大の要因であった。
「見てみるがいい、サラサ様」
アルベルトは窓辺に立ち、カーテンを開けた。
「この夜景だ。もう夜だと言うのに灯りが点り、人々が生活をしている。ある者は仲間と飲み明かしているだろうし、まだ働いている者もいるだろう」
「それがどうした?」
「エストブルクでは当たり前かもしれないが、他の領地ではこうはいかない。この刻限にはもう街は真っ暗だ。何故だか分かるか?蝋燭や油が足りないからだ」
サラサは黙って夜景を見つめていた。
「灯りがないなんてのはまだいいほうだ。南部では食糧不足も現実味を帯び始めている。あの馬鹿皇帝が強制的に徴収したからな。俺の親父や兄貴達も領内の食料を確保しようと必死になっている」
「そんなことが……」
「このエストブルクが灯りに点され、食料にも困っていないのは誰のおかげか?それはサラサ様、あなたのおかげなんだぜ。これを帝都全土に広げられるのも、あなたしかいないんだ。あなたのことだ。自分達だけが豊かになればそれでいいなんて思ってないだろう?」
「その言い方は卑怯だな。言い逃れすると、私が自己中心的な極悪人になるじゃないか」
サラサはふふっと小さく笑った。
「私にできると思うか?」
「あなたにできなければ、誰もでき得ぬでしょう」
「ミラとジロンはどう思う?」
「私もサラサ様ならできると思います。不肖の身ですが、全力でお支えいたします」
ミラは力を込めて言った。
「ジロンはどうだ?」
「そうですな。私はサラサ様に軍務大臣にしてもらうつもりでおりますよ」
それはジロンらしい諧謔であった。サラサは声を上げて笑った。
「そうだったな。ジロンにはここまで付き合ってもらったんだ。それは叶えてやらんとな」
「では……」
「分かった。帝位には着こう。しかし、今はまだ駄目だ」
「どうしてだ?」
「これはアルベルト殿らしからぬ認識の浅さだな。世上には二人の皇帝ともう一人、本人の意図していないところで影響力を持つに至った男がいる」
「大将軍か……」
ジロンがしばらく考えてから答えた。
「そうだ、ジロン。大将軍は未だ帝都に帰らず、皇帝直轄軍を抱えている。彼への感情を含め、他の諸侯のことも考えれば、帝位に着くと宣言するのは帝都に辿り着いてからだ」
アルベルト達はサラサの見識の深さに改めて感心した。
「まずは大将軍だな。これとは戦わずに仲間に加えたい」
決意をしたサラサにもはや迷いはなかった。極力戦争を避け、帝都に至るための戦略を練り始めていた。
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