決意⑤

 第二報に接したサラサは、明日諸侯と協議すると言い残し、寝室へと去ってしまった。すでに夜ではあるがまだ就寝するような時刻ではない。しかし、サラサの顔はやや憔悴としていて、疲れの色が明らかに見て取れた。ジギアスの死がよほど衝撃的であったのだろう。


 「さて、どうしたものか……。まさか皇帝が死ぬとはな。これはあまりにも想定外だ」


 サラサがいなくなれば場の会話を仕切るのはアルベルトの役割である。アルベルトは、今夜初めての酒を口に含んだ。


 「しかもただの死ではない。国務卿に謀殺されたのはほぼ間違いないでしょう。しかも、傀儡となる幼帝に対して対立候補が名乗り出たとなると、これは皇位継承を巡っての戦がはじまることは必定でありましょう」


 ジロンの意見に異を唱えるものはいなかった。


 「こうなってはもはや躊躇している場合ではない。我らの立場を鮮明にすべきではないか?」


 「それはサラサ様に帝位についていただくということかね?」


 アルベルトが核心部分を曖昧な言葉で濁したので、ダレンがはっきりと言った。


 「そうだ。しかし、当のサラサ様にはその気はないのだろう?」


 アルベルトがミラに視線を向けると、一同が一斉にそれに倣った。この中で一番サラサと過ごした時間が長く、彼女の胸のうちを一番よく知るのはミラしかいなかった。


 「サラサ様の普段の言動からすると、そういう立場になるのは嫌がるでしょう。現在の地位でさえ、サラサ様からすれば本意ではありませんから。しかし……」


 ミラは言葉を続けられなかった。サラサは常に人の上に立つことを拒み続けてきた。しかし、人に請われる度に一段一段高い地位に上ってきた。だから帝位についても、諸侯達が声を揃えて請えば最終的には許諾するだろう。


 「ミラ殿の言わんとすることは分かっている。しかし、ここはサラサ様に帝位についてもらわねば困る。いや、我々だけのことではない。帝国全土の民草のためにもだ」


 アルベルトは率直であった。それだけに彼がふざけて言っているのではないということであった。


 「ここでサラサ様に退かれては、諸侯同盟は崩壊してしまう。我らがなんのために戦ってきたのか。その意味すらもなくなってしまうではないか」


 と強弁したのは、先の戦いで最も勇戦したシルダー・ベリックハイムであった。彼の部隊で生き残ったのはわずか三十数名であり、シルダー自身も全身に傷を負い、今でも包帯の白さが目立っていた。


 シルダーからすれば帝室への憎悪だけではなく、失地回復の意図をもって戦っていたのは明白であった。そのためにはサラサに帝位についてもらうのが一番の近道であった。


 「しかし、サラサ様のお気持ちを考えると気が引けますな。それに情けないのは、我ら大人がまだまだ年端のいかない少女に過大な期待をしていると言うことですな」


 「おいおい、ジロン殿。今更それはないだろう。人のことが言えないが、御身もサラサ様を焚き付けたんだぜ」


 アルベルトが目を丸くした。


 「分かっておりますよ。私はミラ殿ほどではないが、それなりにサラサ様と時間を過ごしてきた。だからこそ、サラサ様には帝位についていただきたいと言う感情と、まだ年少のサラサ様に年齢以上の責任を負わせることへの後ろめたさに苛まれるのですよ」


 それはジロンにしか分からぬ感情であったかもしれない。ミラには前者の感情がなかったし、アルベルトには後者の感情が抜けていた。


 「なるほど。ということはサラサ様に我らの意見を申し上げるとすれば、俺が最適ということか」


 アルベルトはミラ、ジロンほどサラサとの絆は深くないし、かと言って諸侯同盟に参加している他の諸侯ほど出会って日は浅くない。サラサへの遠慮もなければ、同情も少ない。さらにいえば、サラサを帝位につかせたい急先鋒であった。


 「よし、行くか。もしサラサ様がご就寝でなければ、話は早いほうがいい」


 アルベルトは杯の酒を飲み干すと勢いよく立ち上がった。


 「ジロン殿もミラ殿も一緒に来てくれ。流石に俺ひとりでは荷が重い」


 アルベルトがやや弱気を漏らしたので、ジロンとミラは苦笑しながら頷いた。

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