魔界③

 その通路はとてつもなく長かった。おそらくは単純にコーラルルージュからワグナーツ山脈まで続く地下道なのだろう。エシリア達は時に歩き時に飛行しながらひたすら北上した。


 「食べ物を持ってきておいて正解でしたね」


 と最初の頃は笑っていたシードであったが、数日経過するとすっかり黙り込んでしまった。それはエシリアも同様であった。疲労で喋る気力もなく、ただ黙々と歩き続けた。ただひとり、エルマのみが終始変わらずであった。


 コーラルルージュを出て何日過ぎただろうか。エシリア達の行く先にようやくほのかな光が見え始めた。


 「出口のようですね……」


 救われた気がして駆け出した。確かにそこは長い長い洞窟の出口で、岩山の崖の上のようであったが、空は分厚い雲が垂れ込めていて、外に出られたと言う開放感は皆無に等しかった。


 「どこなんでしょうかね?」


 シードがあたりをきょろきょろと見渡した。


 「魔界なんでしょうね。正確に言えばワグナーツ山脈の向こう側なんでしょうが、エルマさん、見覚えありますか?」


 エシリアはエルマに尋ねた。しかし、エルマは何も応えず、悲しげに眼前に広がる風景を眺めていた。


 「何と言うか……。物悲しい所ですね」


 シードの意見にエシリアも同意した。魔界と言うからには悪魔や魔獣が跋扈する物々しい世界だと思っていたのだが、その印象はまるで違っていた。


 「文明の匂いがしませんね」


 エシリアは少し歩いて崖の先から下の様子を伺ってみた。しかし、荒野が広がるだけで悪魔も魔獣も、動いている物などなにもなかった。


 「やっぱり間違っているんじゃ……」


 「いや、坊主。ここが魔界だよ」


 マ・ジュドーであった。相変わらず締まりのない顔をしているが、声色はいつになく真剣であった。


 「使い魔のあなたが言うのだから間違いないのでしょうが……これはどういうことですか?悪魔もいなければ魔獣もない。それともそういった連中がいるのはもっと離れた所なんですか?」


 エシリアは矢継ぎ早に質問した。


 「へへ。ちょっと先に行ってみるか」


 マ・ジュドーはふわっと浮いて崖から離れた。三人はそれに続いた。少しばかり飛んで行った先に集落があった。だが、どの建物も朽ち果てていて、当然ながら生物の気配はなかった。


 「ここですか?集落と言うよりも廃墟ですね」


 「いんや、もう少し先だ」


 さらにマ・ジュドーに導かれるまま飛んでいると、眼下には同じような廃墟を度々見ることができた。そしてしばらくすると前方に大き目の廃墟が見えてきた。


 「あれは……?」


 「魔界の……いや、魔界と言うのは天使達が勝手につけたな名前だな。本来は黒き有翼人達が戦いに破れ、移住させられた場所、ということになるな」


 マ・ジュドーは降下していった。降下するにつれ、ここがかなり大規模な集落であったことが分かった。しかし、これまでの集落同様にやはり廃墟であった。


 「ここはかつて黒き有翼人達の首都があった。だが、今はご覧のとおりの有様さ」


 「首都……」


 その面影はまるでなかった。ただ崩れかけの建築物がかつての繁栄の証の片鱗も残さず、朽ちるのを待っているだけであった。


 「ここが首都なのは分かりましたが、悪魔……この呼び方はもはや相応しくないですね、黒き有翼人達はどこなのです?」


 「だからご覧のとおりさ。今や黒き有翼人など一人もいない。お嬢を除いてな」


 エシリアはエルマを見た。エルマは顔色ひとつ変えず廃墟を眺めていた。その横でシードが不安そうにエルマの顔を覗きこんでいた。


 「絶滅したんですか?」


 「そういうことになるな。まぁ、好きで絶滅したわけではないし、絶滅させられたわけでもない。種の宿命としてそうなってしまっただけのことだ」


 「そんな残酷なことだ……」


 戦争に負けた挙句、こんな僻地に追いやられ絶滅。これはあまりにも悲しいことであった。


 「あの戦争から千年だ。一個の種が絶滅してもおかしくあるまい」


 「しかし、天使も人間も生き抜いてきました……」


 「この環境だ。日も照らず、水も少ない。食物を栽培するのは困難な環境で、生きていける種などない。天使だとか悪魔だとか人間だとか言っているが、元々は同じ種なのだ。それは教えたはずだぜ」


 「教えたはず……?。球体さん、まさかあなたは、メトロノス様なのですか?」


 マ・ジュドーは照れ臭そうにへへっと笑った。


 「勘の鋭い姉ちゃんならもっと早く気がつくと思ったけどよ。そのとおりさ、俺はメトロノスさ」

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