天帝③
祠から伸びる通路は、緩やかな傾斜で地下へと続いていた。しかも方角はイピュラスの方に向いているようであった。
「地下通路っていい印象ないよな。誰かの墓の時のことを思い出しちまうぜ」
エルマが言っているのは、マランセル公爵の墳墓のことだろう。あの地下には魔力を抽出する措置があった。
「そうですね。私もいい思い出がありません」
あそこでエシリアはアレクセーエフと対峙した。天使の存在に疑いを持つきっかけとなった場所だ。
「あれ、行き止まりだ……」
マ・ジュドーについて先頭を歩いていたシードが立ち止まった。
「あん?ぶち破るか?おっさんはいなくても、私がいれば……」
「お止めなさい。天帝様の住処で乱暴は真似が許しませんよ」
「喧嘩はやめてくださいよ。ちょっと押してみますから……」
とシードが行き止まりの壁に手が触れた時であった。ぱっと壁が光ったかと思うと、次の瞬間にはその壁が消えていた。
「あ、あれ?」
シードは驚いているが、エシリアは確信した。シードは間違いなく天使であると。問題なのはどういう天使であるかということである。
「大丈夫ですか、シード君」
「ええ、どうやらここで終着地点のようですね」
どうやら広間に出たようであった。エシリアはぱっと手のひらに光球を出してあたりを照らした。かなり広い空間のようで光が行き渡らず、どういう所なのか全然分からなかった。
「もっと光を強くしてみましょうか……」
「はん。面倒くさいな。私が炎の海にしてやるよ」
お止めなさい、とエシリアが言おうとした時であった。点々と深い緑色の光が灯篭のように点き始めた。
「その必要はない。待っておったぞ」
老いた声が響いた。エシリアは思わず身構えた。
「誰です?姿を見せなさい」
「姿を見せてやりたいのは山々だが、とうの昔に姿を失っていてな。今や魂のみが生かされているのみだ」
「何を言っているのです……。あなたは?」
「名か。名などもはや意味のないものだが、皆はメトロノスと呼ぶ」
メトロノス。しばらく考えてエシリアははっとした。その名は、かつて千年前の聖戦において、天帝と共に戦った天使の名前である。
「そんな馬鹿な……。いくら天使が長寿とはいえ、千年前の天使が生きているはずが……」
「信じられぬと言うのであれば仕方がないがな。だが、その疑いは真実を遠ざけることになるかもしれんぞ」
そう言われても信じられないことは信じられなかった。しかし、信じられぬことなら今日まで何度も目の当たりにしてきている。だから力強く否定できなかった。エシリアの常識は揺らいでいた。
「ほほ。別にお嬢さんを困らせるつもりはない。だがな、真実を語れる者というのは、その時生きていたのみなのだよ」
これが真実だ、とメトロノスが言うと、緑の光が強くなってぱっと明るくなった。
「……これは……」
エシリアは絶句した。異様な、あまりにも異様な光景であった。
巨大なガラスの向こう側に異形の者がいた。一言で言えば骨の集まりであった。かつては生物だったのだろうか、角の生えた頭部に肋骨の胸部、下半身は確認できなかった。但し、背中にはかつて翼であっただろう骨格は確認できた。そして、その各所に管が取り付けられており、絶えず何かが流動していた。
「まさか……これは……」
エシリアはその先を言えなかった。言えばエシリアの天使としての何かを失ってしまいそうであった。
「そう。これが天帝だ」
いや、かつて天帝と呼ばれていた存在だ、とメトロノスは訂正したが、その言葉はすぐにエシリアには届かなかった。
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