天界動乱

天界動乱①

 話は少し前に戻る。


 天使シェランドンは苦境に立たされていた。部下のドライゼンを通じて教会による人間界の治安安定を画策したが見事に失敗し、逆に人間界の治安は大いに乱れた。しかも当のドライゼンは計画が失敗したためか失踪してしまった。


 幸いなのは、皇帝と教会の全面戦争がシェランドンの画策によって起こったということが明るみに出ていないことであった。この混乱を収めたとされるエシリアなる天使も、報告書を見る限りではシェランドンの影には気がついていないようである。もしこれが明るみに出れば、シェランドンは執政官として失脚どころかそれ以上の報いを受けることになる。


 『ドライゼンが失踪したのが不幸中の幸いということか……』


 シェランドンは安堵しながらも苦境にあるのは間違いなかった。折角執政官の一員となれたのだ。つまらぬ失敗で失脚するわけにはいかなかった。上手く立ち回り、切り抜けねばならなかった。




 人間界の混乱を受けて、天界院は臨時の会議を開いた。議題は教会と皇帝の争いの件であり、非難の対象となったのは当然ながらシェランドンであった。


 「経過の詳細などこの際どうでもいいのです。問題はこの度の人間界の大混乱に対して誰が責任を持つかです!」


 特に若いガルサノの舌鋒は鋭かった。彼の言葉は鋭利な刃物のようにシェランドンの喉下を掠めていく。


 「確かに私は人間界の治安を預かる身。しかし、今回の事態はあまりにも突発である上に、ドライゼンが報告を上げてこなかったから、対処を指示する間もなかった」


 シェランドンとしては、ドライゼンがいないことをいいことに、全て彼に罪を被せて言い逃れるしかなかった。


 「ならばそのドライゼン殿をこの場に召喚していただこう」


 「ドライゼンは未だ失踪中で……」


 「それは上長の管理不行き届きというものでありましょう!」


 ガルサノが単なる責任追及ではなく、これを奇貨にシェランドンを追い落とそうとしているのは明白であった。執政官の序列は、最下位にガルサノがおり、その上がシェランドンである。もしシェランドンが失脚すれば、その果実を得るのは他ならぬガルサノである。


 『この小僧めが……!』


 シェランドンは感情を自制できず、憎しみの目を向けた。ガルサノはその視線に込められた感情を読み取っているだろうが、まるで興味がないかのようにシェランドンと視線を合わすことはなかった。


 「やめんか、二人とも。不測の事態に執政官同士が争ってどうするのだ」


 威厳に満ちたスロルゼンの声が場内に響いた。流石に若く恐れを知らぬガルサノもスロルゼンに対しては従順らしく、口を紡ぎ席に座った。


 「エシリアなる天使の報告書は精密で、実に多角的で公平性にも富んでいる。おそらくは間違いがなかろう。そう考えるとこの争乱は皇帝と教王の私怨から始まったようなものだ」


 スロルゼンが淡々と言う。シェランドンはほっと胸を撫で下ろした。スロルゼンの口から責任を追及されれば、シェランドンはもうお仕舞いである。


 「なれど事態を最小限に収拾できなかったのは、ドライゼンの失態であろう。しかも、責任を逃れるために失踪したとなれば……」


 天使にあるまじき醜態である、とスロルゼンは容赦なく言い放った。


 「エシリアなる天使はドライゼンに代わってうまく収拾したと言えましょう。しかし、今後帝国は大いに乱れるでありましょうな。これは明らかに大失態でしょう」


 スロルゼンの腹心であり執政官の序列二位であるゼルハンも手厳しかった。


 「我ら天界院としては、人間界の乱れを正すことにある。これについてはガルサノ、貴様に一任する」


 シェランドンは驚愕した。本来であるならば、それはシェランドンの仕事である。それを剥奪され、ガルサノに与えられたのである。


 「スロルゼン様!それは……」


 「シェランドン。貴様も疲れたであろう。しばらく休むがいい」


 今日この議場で飛び交ったどの言葉よりもシェランドンの胸を抉った。シェランドンは、力なく椅子に座り込んだ。

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