遥か雲の上へ④
久しぶりのラピュラスは、普段と変わりないエシリアの知るラピュラスの姿であった。人間界では大動乱の時代を迎えようとしているのに、天界が平穏なままというのが逆にエシリアの不信感を増大させていた。
『情報が統制されているのかしら……』
人間界が乱れていれば、それを正すべく天使達は大忙しとなるはずである。しかし、今の天界にはそんな様子は微塵もなかった。
『例の教会での一件が、執政官シェランドン様がドライゼンと組んで行わせているとすれば、情報が統制されていてもおかしくはない……。いえ、まだ露見していない可能性も……』
天界院に報告書を提出し終えたエシリアは、自宅に向かいながら改め今後どうすべきか考えた。提出した報告書には皇帝と教会の内乱にドライゼンが関与していたことも、その背後にシェランドンがいたことも記していない。そのことはエシリアとレンが持つ記録球に記録されているだけである。
『本来なら執政官に委ねなければならないのでしょううが……』
しかし、今回の動乱の黒幕たるシェランドンも執政官である。迂闊に執政官に近づくのは危険であった。そもそもエシリアは、執政官に知己などいないのだ。一瞬ではあったがガルサノの存在が思い浮かんだが、すぐに打ち消した。あのアレクセーエフを子飼いにしていた男など信用できなかった。
『少し様子見て、じっくり考えないと 』
ひとまずは、シードとエルマを迎え入れなければならない。エシリアは夜になるのを待った。
「まったく死ぬかと思ったぜ。一歩足を踏み外せば真っ逆さまの所でずっと待ちぼうけだもんな」
エルマは愚痴を言いながら、ソファーにごろっと寝っ転がった。まるで我が家にいるような振舞いである。
「ちょっとはお行儀よくすればいかがですか?」
「いいじゃねえか。どうせ空き家なんだろう」
シードとエルマには、エシリアの家の隣、ユグランテスの家で過ごしてもらうことにした。ユグランテス失踪後、彼の両親も何処かえと消えていて、空き家になっていた。
「どうです?シード君、何か思い出しませんか?」
エシリアは家の中をきょろきょろと見渡しているシードに訊ねた。シードがユグランテスかもしれないとう希望をエシリアはまだ捨てていなかった。
「すみません。特には……」
シードは申し訳なさそうに顔をしかめた。こういう表情は本当にユグランテスに似ていて、エシリアをどきりとさせた。やっぱり違うんだろう、という茶々をいれるエルマを無視してエシリアは続けた。
「ユグランテスはここで育ちました。私とは幼馴染でいつも一緒に遊んでいましたよ。家族ぐるみの付き合いで、家族揃って食事をすることもあったんですよ」
そうですか、と気の抜けたような返事をシードはした。やはり実感ないのだろう。
「そういえばお前の親はどうしているんだよ?隣の家に住んでいるのなら、私たちのことがばれるんじゃないのか?」」
エルマはなかなか鋭かった。話したくなかったので黙っていたのに。
「私の両親はもういません。亡くなりました。ユグランテスも見送ってくれたんですよ」
「そうなんですか……」
シードは悲しそうに顔をわずかに歪ませた。あの時のシードも我がごとのように悲しんでくれた。
「そりゃ悪いことを聞いたな」
エルナが顔を背けながらもそんなことを言った。
「意外ですね。あなたからそんな気の利いたことを聞くなんて」
「はん。別にいいだろう。それよりもこれからどうするんだよ。いきなり天帝様に会いに行くってわけじゃないだろう」
「当然です。が、最終的にはそうなるかもしれません」
「おいおい、まじかよ。冗談のつもりで言ったのによ」
「残念ながら、現在の天界は混沌としています。そもそもドライゼンを暴走させた黒幕は執政官のシェランドン様なのですから。迂闊に執政官に接触するのは危険です」
「考えなしで帰ってきたのかよ。呆れるな」
「でも、天界にいる天使全員が悪い奴らだとすると僕達だけでは何もできませんよ」
エルマの言葉もシードも言葉も耳に痛かった。考えなしだったのは事実であるし、シェランドンの策動が執政官達の総意だとすると、もはやエシリア達に味方はいなかった。
「明日より私は情報収集してきます。お二人はしばらくここでじっとしておいてください」
「つまんねえな。早くしてくれよ。じっとしているのは嫌いなんだ」
「分かっています……」
と言いながらも、はたして目途がつくかどうか自体エシリアの中では確信できなかった。
『やはりエルマさんが暴れることで突破口を開くしかないかもしれませんね……』
エシリアは危険な発想に走りそうになっていたが、それも無用のこととなる事態が密かに進行していた。
エシリア達がこれからどうするか頭を悩ましていたその夜、多数の天使達がラピュラスを占拠、数名の執政官達を拘禁したのであった。
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