来るべき決戦④
ジギアスがシラン領まで到達している。その知らせは他ならぬシラン領の領主よりもたらされた。
『皇帝の脅されて兵糧を拠出しましたが、我らはサラサ様と同心です。どうかご心配なされぬように』
という領主直筆の書状が届けられ、その続きには皇帝軍の詳細な陣容が書かれていた。
「どう思うかな?ジロン」
一読したサラサは、その書状をジロンに渡した。
「八対二で我らの方に好意を寄せている、という感じですかな。皇帝軍に兵糧を差し出したのも、我らが敗れた時の保険ということでしょう」
「まぁ、そうだろうな。しかし、兵を出さなかったことと、この情報は非常にありがたい」
シラン領領主が知らせてきた敵軍の陣容は、さすが皇帝の軍隊という感じであった。兵種は豊富で、人数も多い。当然ながら装備も充実していた。
『騎兵が多いのはいかにも皇帝らしい』
だが、それは皇帝軍の致命的な弱点でもあった。騎兵は騎馬に食べさせる飼料がかさむし、何よりも防御に弱い。きっとジギアスは騎兵をもって一気にサラサ軍を撃ち破ろうと考えているのだろう。
『寧ろこちらから襲撃するか?』
サラサはそう思いながらも、予定戦場となるだろうエストヘブン領南部の地図を見ていると、平原ばかりである。地形に頼った戦術はまずできない。そうなれば数に不利なサラサ軍に勝ち目はない。
『だが、地形を頼るとすれば、エイリー川か……」
エイリー川はエスティナ湖から南へと流れる河川である。川幅は広いが、川底は浅い。
「敵と対峙するとなれば、エイリー川ですかな?」
一緒に地図を覗き込んでいたジロンが言った。流石の慧眼である。
「うん。川底が浅いということは橋をかける必要もなけば、舟を用意しなくてもいい。しかし、川幅が広いとなると、渡河に時間がかかり、敵軍に好機を与えてしまう」
「そうなれば我が軍は、敵が渡河してくるのを待てばいいってことですかね?」
いかにも待つことが苦手そうなリーザが嫌そうに顔をしかめた。
「戦術の常道としてはそうだ。ネグサスはどう思う?」
日ごろ発言しない無口なネグサスにサラサは話を振った。
「確かに敵の渡河を待つのが常道でありましょう。しかし、それは敵も考えること。どちらが渡河をするか探りあいになるのではないでしょうか」
「ふむ。で、どうすべきかな?」
「敵の渡河を誘引するか、敵が気づかぬうちに渡河する手段を考えるべきでしょう」
若いだけに―サラサよりも年上だが―ネグサスの思考は柔軟性に富んでいた。
「ジン。エイリー川には渡河できる地点はいくつある?」
「三箇所ほどありますが、大軍が通るのであれば、街道に近いこの辺りかと」
ジンが鉛筆で一箇所大きなバツ印をつけた。
「そこが予定戦場となりそうですな」
ジロンの言うとおり、エイリー川の最大の渡河地点が会敵の場所となるだろう。
『先に渡河して川を背にして陣を構えてみるか……』
背水の陣、という言葉もある。しかし、戦術の常道としては河川を背にして陣を構えるのは忌み嫌うべき悪手である。
「我らは皇帝の軍を迎え撃つのであって、寸土を奪う戦争をしているわけではありません。焦らず、じっくりと敵の動きを見るべきでしょう」
クーガが彼らしい意見を述べた。
『確かにそうだ。いかなる事態に備えられるよう準備して迎え撃てばいい』
こういう時に年長者の意見は貴重でためになる。サラサの中で基本方針が定まった。
「基本的にはエイリー川を挟んで対陣するとしよう。但し、少しでも敵より優位な陣取りをしたい。ミラ、今すぐにシラン領に早馬を出してくれ。極力、皇帝軍を足止めしてくれ、と」
承知しました、とミラが早速に駆け出していった。シラン領には期待したいが、それでも時間が豊富にあるわけではない。サラサはすぐに諸将に出撃を命令し、その道程で作戦を考えることにした。
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