名もなき旗のもとに⑥

 しかし、事態はサラサが思っていたほど悲観的には進行していなかった。サラサがエストヘブン領の近郊に達した時点でも、カランブルで蜂起した民衆は組織的に抵抗を続けており、それどころか度々カランブルの外に出て皇帝軍を打ち破っていた。


 「一体どういうことだ?」


 すでにサラサはカランブルの蜂起軍が壊滅していた時のことを考えていた。しかし、その必要がなさそうだと知れると、拍子抜けしてしまった。


 「ジン殿達が上手くやってくれたのでしょう」


 ジロンに言われるまでもなく、サラサの薫陶を受けたジンが巧みに兵を操り、敵を翻弄したのだろう。しかし、それだけでは組織的な抵抗などできないだろう。それに似合うだけの兵糧や戦力が必要になるはずだ。それらはどうやって調達したのだろうか。


 「ともかくカランブルに伝令を出してくれ。この様子なら迎えに来てくれるだろう」


 またバスクチでの生活を覚悟していただけに、人心地つけるのはありがたかった。


 伝令を出した次の日、カランブルから迎えの兵がやって来た。その中にミラがいたことにサラサは少々驚かされた。


 「サラサ様……お久しぶりです」


 サラサの顔を見た瞬間、ミラの涙腺は一気に決壊した。馬を下りるや否や駆け出し、サラサの前で跪いてその手を取った。


 「ミラ。久しぶりだな。怪我はもういいのか?」


 「おかげさまで」


 確かにミラは快癒している様子だった。しかし、所々に見られる傷跡が生々しかった。


 「ミラ殿、ご健勝で何よりです」


 「ジロン殿も。サラサ様のこと、ありがとうございました」


 「なに、楽しい旅であったよ。いろいろありましたが……」


 「旅の思い出話は道中で頼む。とにかくカランブルに急ごう」


 サラサは感傷的になるのを抑え、二人を急かした。




 カランブルに入ったサラサは、当惑するほどの歓迎を受けた。見慣れたカランブルの道々に人が居並び、歓声をあげた。


 「サラサ様だ!サラサ様が帰ってこられたぞ!」


 「サラサ様こそ、アズナブール様の後継者だ!」


 「サラサ様万歳!」


 彼らが芝居ではなく、心底サラサを歓迎していた。それほど皇帝の直轄支配というものが苛烈を極めていたということだろう。それが分かるからこそサラサは笑顔を引きつらせながらも、彼らの歓喜に応じたのであった。


 「まるで凱旋将軍だな。まだ一勝もしていないのに」


 「よいではありませんか。暗く沈んでいるよりもましでありましょう」


 サラサの独り言を聞きつけたジロンがそう呟いた。それもそうだと思ったので、サラサはそれ以上は言わなかった。


 かつてアズナブールが使っていたカランブルの庁舎に入ったサラサは、懐かしい面々と再会した。


 「サラサ様。よくお戻りいただきました……」


 ジンが先頭に立ってサラサを迎えた。半年前より随分と老けた感じがしたが、目に宿る精気は以前よりも増しているようであった。


 「ジン、苦労かけたな。しかし、短い準備期間で蜂起して、よくここまで戦えたな。見事だ」


 すべてはジンの功績であろうと思っていたのだが、ジンは頭を振った。


 「真の功労者は彼です」


 とジンが紹介したのはテナルであった。サラサを迎える一群の隅で小さくなっていたテナルは、突然功労者と紹介されて恐縮したのか身を小さくしていた。


 「テナルが?」


 サラサは俄かに信じられなかった。てっきりジンが照れ隠しに他人に功績を譲ったのだろうと思っていた。しかし、詳しい話を聞いてみるとどうにも様子が違っていた。


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