戦火灯る②

 「やれやれ……。これは完全にしてやられたわ」


 大聖堂の執務室に戻ったアルスマーンは、ソファーに身を投げ出すと無念そうに呟いた。


 「しかし、使節団は派遣されることになったわけですから……」


 スーランが熱い茶を差し出しながら言った。バドリオはスーランの認識の甘さを気にしながらも、彼が用意してくれた熱いお茶を一口啜った。


 「いや、使節団の警護目的に僧兵が派遣されることになった。僧兵の編成は僧兵総長にある。今の僧兵総長は教王派だ。きっと大兵力を繰り出すことだろう」


 「事実上、僧兵を派遣して治安維持を行うという教王の意図どおりに……」


 「そうじゃ。まったく我ながら敵の多いことだ」


 だからといってこのまま座視できなかった。逃げるわけにはいかない。それはサラサ達と約束したことであった。


 「スーラン。レレン達が知らせに来た例の件の報告書はできたか?」


 「できました。一度目を通していただければ」


 「うむ。しかし、これを教王に見せればどうなる?ますます僧兵派遣の必要性を示すようではないかな?」


 「そうでありましょうが、現教王の指導力のなさを示すものでもありましょう。教王選挙の時には役立ちましょう」


 「今は時期ではないか……」


 先ほどは認識が甘いと思っていたが、そうでもないらしい。アルスマーンは考えていた秘策をスーランに託そうと思った。


 「スーラン。使いを頼まれてくれないか?」


 「承知しましたが、何をご所望ですか?」


 「使者として行ってもらいたいのじゃ。シュベール領に」


 「シュベール……」


 かつて神託戦争で反皇帝派の首魁となったアドリアン・シュベールの領地である。現在はアドリアンの子アルベルトが領地を継いでいる。


 「そうじゃ。シュベール殿の領地はちょうどエメランスとダルファシル双方に近い。もし万が一、僧兵と帝国軍が衝突した時に仲裁を頼むのじゃ」


 スーランの顔色が変わった。アルスマーンの言っていることがあまりにも奇想天外で思考が追いついていないようであった。


 「私は意外なことを言っているかね?」


 「シュベール公爵は反皇帝です。現在は隠居されてご子息に領主の座を譲られたとはいえ、果たしてそのような話を受け入れるでしょうか?たとえ受け入れらとしても、その仲裁を皇帝陛下が聞くでしょうか?」


 「その懸念はある。しかし、この近辺で僧兵軍団と帝国軍に匹敵する軍事力を動員できる領主はシュベール公爵しかいない。結局、軍事力には軍事力を当てるしかないのじゃ。悲しい話ではあるがな」


 「……承知しました。ミサリオ様がその覚悟なら、不肖の身ながらお役目を果たして参りましょう」


 「すまんな。すぐにでも親書をしたためよう」


 アルスマーンはソファーから立ち上がり、卓上にあったペンと神を引き寄せた。

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