帝都にて③

 「まさかこんな形で帝都で来るとは思っていませんでした……。総本山に急ぎたいのですが、レンさんがあの状態では仕方ありませんね」


 シードと並び歩くエシリアは深くため息をついた。気持ちは逸りながらも、レンを気遣って出発を先延ばしにしたエシリアは、やはり優しいのだとシードは思った。


 「別に止めやしねえよ。お前さんだけばびゅーんってお空を飛んで総本山に行って来ればいいじゃねえか。天使様ならものの数日で着くだろう」


 エシリアのシードを挟んだ反対側を歩くエルマが言った。


 「そういうわけにもいきません。どこかの性悪猫がまたシード君を掻っ攫うかもしれませんから」


 「はん。浚うのはもうこりごりだ。こいつを浚うとろくなことがない」


 この二人、仲が悪いくせに行動を共にし、そしてよく喋っていた。シードからすれば実に不思議であった。


 レンをガレッドに任せたシード達は、帝都で行われている芸術祭を見学することにした。帝都の西端にある芸術広場には帝国各地の著名な芸術家が集合し、彫刻やら絵画などが展示しているという。シードはそれが見たと言い、エルマとエシリアがついてきたのだ。ちなみにサラサとジロンは別行動をしている。


 「シード君は芸術に興味あるのですか?」


 「いえ、興味というほどには……。でも、僕が住んでいたカーブ村は田舎でしたから、今まで一度も芸術と呼べるものに触れたことがなかったんです。だから、ちょっと見てみたいと思いまして」


 「素晴らしいことですね。芸術は心を豊かにします。それは人間でも天使でも変わりありません。ユグランテスも好きだったんですよ。やっぱりシード君ってユグランテスじゃないんですか?」


 「そ、そんなことは……」


 エシリアは事あるごとにユグランテスという天使の名前を出してくる。エシリアは未だにシードがユグランテスだと疑っているようで、シードとしては困惑するばかりであった。


 「はん。芸術が好きな奴なんてごまんといるだろうが。いちいちそんなことでシードとユグなんちゃらって天使を結びつけるな、淫乱天使」


 「悪魔を自称するあなたには分からないかもしれませんが、芸術を愛する者同士、感じ合うものがあるんです。そうですよね、シード君」


 「芸術なら私も好きだぜ。私とシードも感じ合ってんだ。尤も、体でも感じ合った仲だがな」


 けらけらとエルマが笑うと、顔を真っ赤にしたエシリアがシードとエルマを睨みつけてきた。


 「そ、そんなことしてませんよ」


 「顔を真っ赤にしちゃって。何を想像しているんだか……」


 「この性悪猫!やはりちゃんと教化しないといけないようですね」


 「はん!望むところだよ!」


 「二人とも、見えてきましたよ」


 一触即発の雰囲気になったので、シードが二人の間に割って入った。エルマとエシリアは、ふんと鼻を鳴らしお互いそっぽを向いた。


 芸術広場には天幕がいくつも張られ、中には絵画、彫刻などが展示されていた。シードはそれらをひとつひとつ周り、丹念に眺めていったが、どうにも心動かされることはなかった。これが帝都で流行っている印象絵画だと言われてもぴんとこなかったし、細工の細かい彫像を見ても大変だなと思うだけで、感動することはなかった。


 少しも心動かされることなく、ただただ歩き疲れたシード達は、休憩所で休むことにした。休憩所では甘酒が振る舞われていて、冷え切った体を温めてくれた。


 「あまり面白くありませんでしたね」


 エシリアもシードと同様の感想を持ったらしく、そう呟いた。


 「それは私も同感だな。芸術ってのはもっとぱっとして躍動感のあるもんだが、ここにあるものはみんな縮こまっている。見た目は違うけど、同じ鋳型にはまったものばかりに見える」


 エルマの感想は言いえて妙だと思った。芸術の根本と言うべき個性がなく、どれも同じひとつの形にはまっているような感じがシードにもしていた。


 「それはきっと皇帝のせいでしょう。皇帝は国庫における戦費の割合を引き上げる一方で芸術には疎く、年々その予算を減らしています。聞けば戦費調達のために帝室所蔵の美術品を手放したとも言われています。為政者がその調子では、芸術家達も食べていくために流行りの形に流し込んだものを売りさばくしかないのでしょう」


 エシリアの解説には説得力があった。芸術というのは為政者が保護してこそ発展するものであると、何かの書物に書いてあったのをシードはおぼろげながら思い出した。


 「かくて人心は廃頽するか……。何のための戦争か知らんが、自滅を招いているだけだよな」


 エルマが斜め上を仰ぎ見た。そこには現皇帝ジギアスの銅像が建てられていた。どの芸術品よりも目立っていた。 

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