天使と悪魔、困惑す⑤
エルマは本日何度目かの困惑をしていた。
ようやくたどり着いた村は、これまでエルマが見てきたいかなる集落よりも小さかった。華やかさの片鱗もなく、繁栄の灯火などどこかに置き捨ててきたかのように闇に沈んでいた。
「こいつを村って言うのなら、お前のいたカーブ村は大都会じゃないか、なぁ?」
エルマはシードに問いかけたが、シードは苦笑するだけだった。
「宿無しよりもはるかにましでござろう。どれ、某がひとつ掛け合ってきましょう」
ガレッドがひとりすたすたと村の中に入っていった。
「教会は勘弁してくれよ」
エルマはガレッドに声をかけたが、聞こえなかったのかガレッドは何の反応も示さなかった。
「まぁ、こんな米粒みたいな村に教会なんてあるわけないか……」
「そんなことありませんけど、四人も泊めていただけるだけの大きさがあるかどうかですね」
レンが不安そうに言った。
「野宿は避けたいですもんね。僕やエルマさん、ガレッドさんならまだしも、レンさんには辛いでしょう」
「おい、シード!なんで私はまだしも、なんだよ!これでもか弱い女の子だぞ」
「野宿ですか……でも、ちょっと楽しそうな気がしますね」
「駄目ですよ、危険ですからね。こんな暗い森の中になると魔獣がでてくるかもしれませんから」
「だ、か、ら!私を無視すんなよ!」
エルマは、シードとレンの間に割り込んだ。二人は顔を見合わせて苦笑する。くそっ。ここのところ、すっかり弄ばれている気がして面白くなかった。
そこへガレッドが戻ってきた。らしくない困り顔をしていた。宿が取れなかったのだろうか。
「どうしました、ガレッド?」
レンが尋ねるとガレッドはエルマに目を向けた。
「な、何だよ?」
「宿は取れたのだが、教会でござる」
「はん。今更気にしなくていいよ。どうせお前ら私のことを悪魔だと信じていないんだろう?」
「まぁ……そうでござるのだが、実は先客がおられましてな」
「先客?そんなもん構わんだろう」
「いや、それが……」
ガレッドが言いよどんでいると、エルマは上空に気配を感じた。二つの翼を羽ばたかせている天使がいた。地上のエルマ達になど目もくれず、村の奥の方へと降下していった。
「先客って天使かよ」
エルマは舌打ちをした。よりにもよって最悪な先客である。天使との接触は避けねばならないが、エルマとしてもここまで来て野宿というのは嫌であった。
『要するに会わなければいいわけだ』
この狭い村である。どうせ教会も狭いに違いない。それで接触しないというのは困難かもしれないが、一泊ぐらいなら何とかなるだろう。
「ま、別にいいよ。どうせ私は悪魔じゃねえしな」
エルマはやややけくそ気味に言った。
ネラード村の司祭は気の毒なほどに人がよさそうな好々爺であった。突如現れたエルマ達をまるで怪しむ様子もなく、寧ろ宿として貸せる部屋が狭いことを申し訳なく思っているほどであった。
「あいにく先に天使様がおられまして、一番大きな部屋を使っていただいております。皆様にお貸しできる部屋は二つしかございません」
「別に構わねえよ。私とシードが同じ部屋な」
「ど、どういうことでござるか!」
「そ、そうですよ!」
ガレッドとレンが同時に声を上げた。エルマと旅をしてすっかり慣れてしまったシードは、異議を唱えることなく教会の中をしげしげと観察していた。
「いいじゃねえかよ。最初からそういう組み合わせだったんだから」
と言いながらも、エルマの思惑は違っていた。シードと天使を接触させないためにも、極力傍にいてやろうと思ったのだ。
「そういうことではなく、その……年頃の男女が同じ部屋で……」
「ああ?おっさん、まさかこのちびっ子に手を出すわけじゃないよな?」
「馬鹿ことを!これでも某は元聖職者で……」
「ならいいじゃねえか。ちょうど兄妹みたいなもんだろう?構いやしないよ」
完全に丸め込まれたガレッドは、納得できないという様子ながらも言葉を発せずにいた。一方のレンは、不機嫌そうにそっぽを向いて黙り込んでいた。
『おやおや、こいつは……』
二人は二人で旅を続けていて、それなりの感情を持つようになったのだろう。ガレッドは鈍感だから気がついていないかもしれないが、レンの方は少ながらずガレッドに一定以上の感情を抱いているようだった。エルマとしてはなおのこと二人を一緒にしてやると思った。
「お部屋の割り振りはお任せいたしますが、天使様がおります故、どうぞお静かにお願い致します」
「その天使……様はどこの部屋なんだよ?」
エルマは顔を引きつらせながら言った。
「お二階でございます。皆様のお部屋は一階になりますが、このようなあばら家でございますから、結構物音が響きます。何卒……」
「はいはい。分かった分かった」
天使のために気を遣うのはしゃくだが、この際は仕方なかった。シードとお楽しみになる機会はまだある。今はシードと天使を接触させない方が先決であった。
「これで決定だな。じゃあ、これで」
さっさと部屋に閉じこもり、朝までやり過ごすしかない。エルマがシードの手を引いて立ち去ろうとした時であった。
「司祭。明日の教化について質問があるのですが……」
二枚の翼を携えた天使が姿を現した。エルマは忌々しく顔をゆがめ、その天使はこちらを凝視しながら固まっていた。
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