天使と悪魔、困惑す③
エルマはますます困惑していた。というよりも、エルマ達全員が困惑していた。
「端的に言えば、私達は道に迷ったってわけだ」
エルマは、ぐるりと周囲を見渡した。背の高い樹木が三百六十度埋め尽くされていて、ここが何処であるのかと問われれば、森の中と答えるしかないほど、特徴のない森の只中にいた。
ガレッドの記憶ではこの近辺に村があるはずのだが、なかなか辿り着くことができず、同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてならなかった。
「おい、おっさん。やっぱりさっきの道が逆だったんだじゃないのか?」
「そんなはずは……」
などと言いながらも、ガレッドは自信なさそうであった。
レンは疲れてしまったのか、木にもたれかかりながら座り込んでしまった。シードが心配そうにしながらレンに何事か声をかけていた。
「エルマさん、ガレッドさん。少し休憩しましょう」
「あん?私達は道に迷っているんだぞ。そんな悠長なことを言っている場合か?動けないのなら捨てていこうぜ」
「エルマさん」
シードが彼の中で最も怖い顔をして睨んできた。エルマとしては別に怖くもないのだが、面白くなかった。
「ちっ。おい、いるんだろう?表六玉」
エルマが呼びかけると、空からふらふらと黒い球体が落ちてきた。エルマの使い魔マ・ジュドーである。
「なんでい、お嬢。折角邪魔しねえように離れてお空の散歩していたのによ」
「寝ぼけたことを言ってんじゃねえよ。ちょっとひとっ走りして近くに集落があるか見てこいや」
「あれあれ。お嬢も優しくなったもんだぜ。こんな小娘に情けかけるなんて……って元気そうじゃねえか」
座り込んでいたはずのレンがいつの間にか近くにいた。目を輝かせながら、今にもマ・ジュドーに触れんとばかりに手を伸ばしていた。
「さっさといけ!こんなことでしか役に立たないんだから!」
エルマがマ・ジュドーを掴み、空に向かって投げ捨てようとした時であった。全身に虫唾が走った。それと同時にとても強い魔力がエルマを圧迫した。
「お、お嬢!」
マ・ジュドーもそれを感じたらしく、おびえていた。
「ああ、来るな。おい、ちょっと隠れようぜ」
エルマは、シード達に木陰に隠れるように目配せした。その直後であった。エルマ達の上空を何かが駆け抜けていった。
「あれは……天使様?」
マ・ジュドーを潰れるほど抱きしめていたレンが呟いた。
「そうらしいな……」
二枚の翼を持った女の天使だ。あっという間に見えなくなってしまったが、相当の魔力を有する天使であろう。エルマは咄嗟に身の危険を感じてしまった。
「教化に向かわれたのでしょうか?」
「さて……。この辺はサイラスでも教化が手薄な場所。しかも、司祭長がああなってしまった今、教化がまともに行われるとは思えなのでござるが……」
レンとガレッドがそのような会話を繰り広げている。しかし、エルマとしては教化なんてどうでもいいことであった。ここは天使が向かった先とは逆方向に行くべきだと判断した。
別にあの天使が恐ろしいわけではない。遭遇したら全身の力を持ってぶっ殺してやるだけなのだが、同じく天使であるシードと接触させるわけにはいかなかった。
『万が一、顔見知りでシードの正体がばれたら、面白くない』
シードが連れて行かれるか、あるいはシード自身が天使としての記憶を取り戻し、エルマの下を離れるかもしれない。それだけは避けたかった。
「おい。やっぱり来た道を戻ろうぜ」
「いえ、あの天使様が向かった先に集落があるはずです。そっちへ行ってみましょう」
すっかり元気を取り戻していたレンが言った。
「おいおい嬢ちゃん。私は悪魔だと言っているだろう。どうして好き好んで天使の野郎と同じ方へ行かなくちゃ行けないんだ」
「野郎って……あの天使、女性でしたよ」
「そういうこと言ってんじゃねえよ」
「まぁまぁエルマ殿。天使様と出会えれば、きっと自分のことを悪魔だなんて言わなくなるでござるよ」
「だから!自称悪魔じゃなくて、本当に悪魔なんだぞ!」
「じゃあ、多数決で決めましょう。天使様と同じ方角に進めばいいと思う人は挙手」
シードが提案し、当然のようにエルマを除く全員が手を上げていた。
「賛成多数ですね。どうします、エルマさん?」
「シードてめぇ……」
虫も殺せないような顔をしておいて、意外に悪辣な奴である。ここで強硬に反対すれば、またエルマ一人で旅をすればいいとか言われるだけである。エルマは従うしかない状況であった。
「ちっ!どうなっても知らねえぜ」
「じゃあ、行きましょうか」
シードが嬉しそうに言った。
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