天使たち②

 天界院の議場は、ラピュラスの中央に聳え立つ城郭イピュラス城の最上階にある。そこは執政官を含む地位の高い天使しか立ち入ることのできない場所で、ここにいる者達はすべからく優秀な天使達であり、当然ながら執政官としての将来を嘱望されている者も少なくなかった。


 ガルサノも一年ほど前は、嘱望されているひとりでしかなかった。それが今や執政官の一員として辣腕を振るっているのである。


 「会議は終わられましたか」


 議場を出ると、ガルサノの片腕と言うべき女性天使ソフィスアースが近づいてきた。彼女もまた優秀な天使であり、ガルサノの秘書のような役割を果たしていた。


 「うむ。相変わらずシェランドンがやかましく吠えていたわ」


 「かの者には困ったものです。どこまでもガルサノ様を目の敵をして……」


 「捨てておけばいい。吠えたところで、自分の力では何もできぬ男だ」


 「しかし、スロルゼン様とかによからぬことを吹き込むやも知れません」


 ソフィスアースは、常に慎重であった。そういうところがガルサノにとっても非常に助かっているところであった。


 「スロルゼン様はきっと我々のやっていることをお見通しだ。それを承知の上で我々を好きにさせているのだろう。若造がどこまでやるかお手並み拝見とばかりにな」


 食えぬご老体である。だからこそ、長年に渡り執政官の首座を務められるのだろう。


 「そのことにつきましては、アレクセーエフが戻っております」


 アレクセーエフもガルサノの子飼いのひとりである。ある任務を与え、地上に下りていたのである。


 「会おう」


 地上の治安についてシェランドンとやりあったばかりである。地上の情報はいち早く得ておくのに越したことはなかった。




 アレクセーエフはイピュラス城にほど近いガルサノの私邸で待っていた。アレクセーエフは病的なまでにやつれた頬と常に開いているのかどうか判然としない目をしていて、同じ天使としても不気味に感じるほどであった。人に好かれ信頼を集める教化の仕事に向いていないと判断したガルサノは、彼を自分の子飼いとし、人間界の世情を混乱させる任務を与えていた。


 今のところ、アレクセーエフはその任務を立派に果たしていた。彼にはその手の才能があると思い、大きな裁量を与えて存分にやらせていた。今回も色よい報告があるだろうと期待していたのだが、アレクセーエフの口から出てきたのは、失敗しました、という言葉だった。


 「失敗だと?」


 「はい」


 アレクセーエフは、彼がエストブルク領で後継領主を巡る争いを起こし、無能で若年のマグルーンを領主にしてさらなる領内の混乱を生じさせようとしていた。さらにはその混乱に乗じてエストブルク領に併呑されたコーラルヘブン領を得るのが最終的な目的であったが、皇帝の直轄地となったことでそれも叶いそうもなかった。


 「人間界を混乱せしめただけでも十分な働きだ、アレクセーエフ。気に病むことはない。どうせあの皇帝だ。まともにエストブルクを治めることはできん。まだ混乱に乗じる機会はあろう」


 「はっ。しかし、その点につきまして、もうひとつ気になることがありまして……」


 「気になること?」


 「ネクレアがアレクセーエフ殺害にしくじった後、私が止めを刺そうと追いかけ襲った時に聖光を見ました」


 「聖光だと?」


 聖光とは天使、しかも魔力の高い天使のみが発することのできる光である。魔力ある者がそれを浴びると内部の魔力と反応して肉体的に損害を受けてしまうのである。


 「はい。アレクセーエフから発せられたのか、それともその女騎士からなのかは分かりませんでしたが、私も痛手を受けました」


 アレクセーエフは右腕の袖をめくった。手の甲から肘にかけて火傷のような跡が残っていた。


 「あるいは聖光を秘めた神宝を持っていたかだが、まぁいい。そのことについては不確定な要素が強すぎるからひとまず置くとしよう。それよりも急務ができた」


 「急務ですか」


 アレクセーエフは頷き、隣で控えていたソフィスアースに書類をアレクセーエフに渡すように伝えた。


 「ほう。マランセル公爵夫人ですか……」


 「仕掛けた餌がいつのまにか肥大した大魚になってしまったようだ。その始末をつけてもらいたい。人間世界に混乱を起こすのが我らの目的だが、過度に混乱が目立ち、我ら天使にも害があるとなれば、見過ごすこともできまい」


 「承知しました」


 アレクセーエフは書類を炎で灰にしてしまうと、一礼して去っていった。


 「辛気臭い男ですね。好きになれません」


 ソフィスアースが吐き出すように言った。彼女は、ガルサノがアレクセーエフのような天使を子飼いにしているのが気に食わないらしい。


 「私も別にあの男に友情や信義を感じていない。使えるから使っているのだ。ソフィスアースもいずれ高い地位に着かなければならないのだから、そういう使い方を覚えおるのだな」


 「はい。申し訳ありません」


 ガルサノはソフィスアースの顎を掴むと、強引に自分のほうに引き寄せ、その形のいい唇を吸った。ソフィスアースはその喜びを自らの唇と舌で表現した。


 ガルサノは、そのままソフィスアースの体をまさぐりながらも、次なる一手について思案していた。

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