第34話 スィームルグ(後)

第34話 スィームルグ(後)



 スィームルグのドラゴンフィーアーはすごかったようだ。


 魔導士の四人は完全にくじけちゃって、座り込んで泣き出したり、頭を抱えて現実逃避しちゃったり、中には風で飛ばされた痛みを起点にして恐怖攻撃が極まった人もいるみたいでもう、収拾がつかない。


 無事なのは爺ちゃんだけ。

 クエルさんも持ちこたえているけど辛そう。


 ・・・何で僕は平気なんだろ?


《リウ太は今、魔素の塊みたいなものですよー、魔素に魔法は効かないですよー》


 溶岩にファイアボールを撃ち込んでも意味ないみたいな感じか?


「クエル、そいつらを連れて町に戻れ、これだけ離れていれば町の防御魔法で防げると思うが、万が一というのもある。

 問題が起こっているようなら魔塔の連中とともに対処しろ」


「しかし師匠、これでは!」


 クエルさんが使い物にならなくなった魔導士たちを見る。


「防御魔法、シールドを全力で晴れ、俺が魔法で吹っ飛ばしてやるぜ」


「相変わらず無茶苦茶ですな、しかしそれしかありませんか」


 そんな会話が聞こえてきた。

 となると僕の仕事は時間稼ぎか?


 僕はスィームルグに突進した。ここからは肉弾戦だ!

 というかつかみ合い?


 体格はほとんど同じだしね。


 ずだだだだっと走っていって、ジャンプ。フライングボディーーーーあっ、こら逃げるな!


 ずどーーーん。


『じばくしたー、いたないもん』


 とか思ってたら爪を掲げてつかみかかってくるし、それを無視してこっちも肩に噛みついて。

 どったんばったん取っ組み合いの喧嘩だ。

 ゴロンゴロンローリングサンダー。


 そんなことをやっているうちにクエルさんたちの離脱は完了した見たい。


《驚いたですよー。本当に防御魔法で守りを固めて風魔法で撃ち出したデス

 スゲー思いきりですよー》


 まあ、爺ちゃんだしな。


 それよりもこっちだ。


『ええい、往生際が悪い、おとなしくしやがれ!』


《あーれーやめてですよー》


 しーぽん、変なちゃちゃ入れないでよ。

 シリアスさんがどっか行っちゃうよ!


《最初からいないです?》


 マジか!

 いや、そんなわけはない。こっちだって必死なんだから。


「リウ、待たせた、援護するぞ!」


 やった、爺ちゃんが帰ってきた。


『爺ちゃんこいつの腹見える?

 黒いの見える?』


 戦闘中、チラチラ見えて気になってたんだ。

 スィームルグの腹の方にある黒いしみ。


 どんなけがも治って行くくせに、この染みが消えていかない。それどころか広がっている。

 そしてこの黒い感じが前に見たあれと似ている。


「なんてこった、タタリだ。こいつはタタリに傷を負わされているぞ」


 やっぱりそうか!

 あの黒さが、タタリにやられて崩れてしまった人間の感じに似てたんだ。


《人間レベルだったら一瞬で崩壊しているですよー。

 ドラゴンだから、スィームルグだから再生能力で持ちこたえていたです。

 その力を維持するために、やたらめったら周りの生き物を襲っていたですよー》


 そういうことか、たぶん強い魔物の方が効率が良かったんだ。だからマンティコアとかが襲われて、そんで逃げてきたんだな。


 奇しくもじいちゃんとしーぽんが同時に同じ結論に達したようだ。


 そして僕は見た。

 スィームルグの黒いシミがじわじわと広がってボロボロと崩壊して行くのが、一気に進行してしまったのを。


「もう限界なんだ。リウとの戦いで力を使いすぎたんだ。

 回復に回せる力が、もうないんだろう」


『そんな』


 なんかちょっと罪悪感。


「いや、それを気にする必要はねえ。

 どのみちタタリに負わされた傷は患部を切り落とす以外に助かる方法がないんだ。

 胴体じゃ、そこまで広がっちまうとどうしようもないぜ。

 いくら再生能力があるったって、胴の3分の1を失っては生きていけるはずがねえからな。

 もともと時間の問題だったのさ」


 だがそれでも少し考えてしまう。


 それで少し力が緩んだのを見逃さず、スィームルグは怪獣ぼくを蹴飛ばして拘束から抜け出した。

 そして、多分、最後の力を振り絞って空にはばたく。


 黒いシミはもう離れて見ても分かるほど大きくなって、傷口がボロボロと崩壊して行くのが見てとれた。


「・・・・追いかけるぞリウ。最後を見届けなくちゃならねえ」


 うむ、それが全力で戦った僕たちの義務だろう。

 いや、そんなかっこいいもんじゃなかったか…


 そんなわけで僕たちはスィームルグの後を追う。

 もちろん怪獣アーマーでだ。


 ドラゴンフィアーのせいで、この辺りの魔物はほとんど逃げちゃったんだけど、ここは結構森の奥だ。強い魔物がのこっていないとは言い切れない。

 第一この方が速くて安全だ


 ただちょっと木が密集してきているので引っかかったりするのが何とも言えないけどね。


 よたよただけど飛び続けるスィームルグを追うことしばし。

 時間的には短かったけどスピードが速いからね、さらにけっこう奥に来た。


「何だこりゃ…」


 急に視界が開けて、その光景にじいちゃんが声を上げた。


 一言で言うと樹木で作ったミステリーサークル。


 森の木を円形になぎ倒し、中央付近に枝葉を集めている。 ―

 目で見るとよくわからないけど、魔素視で全体を観察するとわかる。


『これは鳥の巣だね』


 スィームルグは墜落するように、中央近くに落っこち、そこから翼を使ってさらに奥へとはい進む。

 まるで何かを求めるように。


 いや本当はわかっている。僕には見えているから。


 巣の中心に鳥が隠している存在もの。そう、卵だ。


 僕たちは巣の外周にとどまってその光景を見ている。


 スィームルグは巣の中心、卵の下までたどり着き、卵に寄り添うようにゆっくりと地に伏せた。

 卵を抱く体制ではない。たぶんそこまでの力は残っていないのだ。


 スィームルグは翼を動かし、巣の中にある卵覆い、そして動きを止めた。


 黒いシミが広がる。

 あっという間に巨大なスィームルグの体は、真っ黒いコールタールのような何かに侵食されそしてボロボロと崩れ、塵のように消えていく。

 最後に鳴き声が聞こえたような気がした。気のせいだったのだろうか。


「行くぞリウ」


「うん」


 僕は怪獣アーマーを解除して、じいちゃんと一緒に木の上を渡り中心に進む。

 そこにあったのはたった一個の卵。


 30cmぐらいの大きな卵だ。


《スィームルグの卵ですよー》

「スィームルグの卵なんだろうな…」


 しーぽんの声は爺ちゃんには聞こえてないけど僕には聞こえるからサラウンドだ。


「タタリに襲われて、致命傷を負って、それでも卵のためにここまで逃げてきたのかもしれないな」


 確かに詳しい状況は分からない。


 だがあのスィームルグが必死に生きようとしていたのは間違いないし、この卵を大事にしていたのも間違いない。


「無駄なのにな…」


 爺ちゃんが言った。


「なして?」


「ああ、これまでもドラゴンの卵が確保されたことは何度かあるんだ。だがよ、ふ化に成功した例は一度もない。

 原因はわからねえけどな」


 魔力が足りないのかと大量の魔力や魔石を与えてみても全く意味がなかったそうだ。


《そらそうですよー、ドラゴンが付加するためには大量の魔素が必要なんですよー、それがあるからドラゴンは自由な生き物として新生するですよー》


 としーぽんが言うので通訳してみました。


「ということは、ドラゴンの群れが生息しているような魔境の奥に行かないとだめってことか?」


《そういうことですよー

 でも詳しいことは教えられないですよー、ドラゴンの秘密ですよー。

 でもリウ太が保護すれば孵すことはできるですよー

 いい訓練ですよー。

 やれ! ですよー》


 同時通訳機な僕。


「ほほう、なるほど、そういうことか…となると…うん、リウに預けるのがいいな」


「ドラゴンって危ないんじゃない?」


「いや、そうでもない。竜騎士ってクラスも昔はあったらしいぜ、ドラゴンを駆る戦士だ。

 卵の時から世話すりゃ、行けるかもしれねえ、いや、きっと行けるな。うん、行けそうだ。リウ、行け!」


 僕は思考の飛躍を見た!


 でも選択肢のない僕。


「そうなるとあとはタタリだね、ドラゴンを襲ったやつ。

 見つけて何とかしないとだめじゃない?」


「いや、そいつに関しては様子見しかないな」


 なして?


「リウ、考えてみろ。タタリに襲われてドラゴンが卵を持って逃げたとしてだ、タタリに追いつかれるようなところで落ち着くか?」


 あー、それはないわ。

 絶対にタタリが来ないところまで逃げる。ましてあんなに機動力のあるドラゴンなんだから。


「だろ? スィームルグが絶対に遭遇しない場所としてここを選んだんなら、俺たちが駆けずり回っても絶対に見つからねえ」


 そらそうだ。


「それに他国になれば手出しもできねえ、スィームルグがどっちから来たのかもわからねえしよ」


「あははっ、できることがなんもないね」


 しーぽんさんや、神様なんか知らんかな?


《わからないそうですよー、父様たちも地上のすべてを常時完全把握できるわけではないですよー。

 それができるんなら、持ち回りで勇者作ったりしないですよ。

 それに、リウ太は勇者じゃないですよー》


 そうでした、そう言うのは勇者に任せなさいと言われていたんだった。

 でも勇者って役に立つの? という気がするんだよね。


《まあ、勇者がダメなら、聖女とか聖騎士とかやり様はあるですよー

 神様たちが持ち回りでやっているだけで、ほかの神様が、別の所で勇者を作ってはいけないというルールはないですよ。

 本当に困ればだれかが何とかするですよー》


 そっ、そう言うレベルの話なのか?

 だったら確かに僕の出る幕はないかもしれない。

 うん、たぶんそれでいいんだ。


「さて、リウ太、卵を持って帰るか。またあれを頼むぜ」


 はいはい、怪獣ですね。できれば怪獣という呼び方を定着させたいものだ。

 怪獣アーマーがいいかな? それとも着ぐるみ怪獣がいいかな?

 悩みどころだ。


《おおー、夕日に向かって怪獣が帰っていくですよー》


 いや、しーぽん、僕たちが帰るの南だからね。一人で雰囲気出しても駄目だよ。

 まあ、これにて一件落着。かな?


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