第30話 大怪獣大地に立つ

第30話 大怪獣大地に立つ



「やれやれ、こいつは、当たりを引いてしまったかな」


 僕を小脇に抱えたまま、木の上にシュパッと避難した爺ちゃんは眼下に広がる光景を見てそうこぼした。


 今、僕たちの足元ではたくさんの魔物たちが行進よろしく駆け抜けてゆく光景が展開されている。


 植物食の魔物も、肉食の魔物も、仲良く(?)同じ方向に逃げていくのだ。いや、同じ方向から逃げてきているというべきかな?

 まるで山火事からすべての動物が逃げ出すようなそんな光景だった。


「つまりこの先に、スィームルグかマンティコアがいるってこと?」


 山火事はないから弱い魔物が逃げ出す理由というと、このどちらかだと思う。


「いや、おそらくスィームルグだろうぜ」


 でも爺ちゃんは断言した。


「ドラゴンには【威圧】という能力スキルが、元から備わっててな、ドラゴンと対峙すると、こう、訳のわからない恐怖がはい上がってくんのさ。

 近くで浴びれば恐怖で身体が竦んで動けなくなるし、離れたところにいりゃあ、居ても立ってもいられずに逃げ出したくなる。


 マンティコアが相手なら、ある程度逃げたら安全確認のために、どんな魔物だって様子をうかがうにちがいねえ、それをせずに一目散に逃げるってことは、間違いなく竜種のせいと考えていい。

 まあこれも経験だよく覚えておけよ」


「うん、わかった。

 でも爺ちゃんたちはドラゴンスレイヤーなんだよね?

 そういうのをかわす方法もあるんでしょ?」


「いや、ねぇな。

 要は気合と根性だ」


 うおお、しまった。そういう人たちだった。

 つまり恐怖に打ち勝つ気合があればこんなのは何てことない。ということらしい。

 実に脳筋だ。


 これで治療の神様。

 国一番の英知とか言われているんだから。世の中は小説よりも奇なりである。


「しかしまいったな。

 危険な敵と遭遇する前に、あいつらを回収して帰るつもりだったんだが…」


 爺ちゃんは僕を見た。

 大人として子供を危険な場所に連れていけないと考えるのは至極まともなことだと思う。

 つまり爺ちゃんは真っ当な大人なのだ。


 しかし僕はあまりまっとうな子供ではない。

 だってとっても強いから。


《自分で言うなですよー》


『最大戦力』であると、自負しています。


 口に出しては言わないけどね。

 僕の攻撃力はかなり高いと思うんだ。爺ちゃんたちもそれは知っている。

 それでも僕をあてにはしない。

 それが正しい大人の姿だ。


 だけどここで僕を置きに行っては、間に合うものも間に合わなくなってしまう。

 そこが爺ちゃんの苦悩だろう。


「だったら爺ちゃんなおさら急がないと。

 さっと言ってみんな捕まえてとっとと帰ってくるんだよ」


「うーむ」


 俺の力説に爺ちゃん考え中。

 しかしなあとか言って、下を見る。


 ああ、なるほど、魔物で出来た川をさかのぼるような行程だからね。

 もちろんそんなにひっきりなしじゃないよ。

 だけど上流(で間違ってないと思う)の方から魔物が断続的に流れてくる状況だから、進むとなれば連続戦闘は避けられない。大変なのである。


 爺ちゃんは見た目ヤンキーだけど情に厚い人だから、クエルさんを見捨てたりはしたくないのだと思う。

 それに立派な大人だから、若者を見捨てるのも嫌なんだろう。それが性格的に難のある若者たちでも。

 まあ、若者と言っても宮廷魔導師なので、それなりの年なんだけどね、僕から見ると。


 でも僕を連れてきてしまったから無理もできないと。


 しかしそうであるならば、ここは弟子として一肌脱ぐべきではないだろうか。

 クエルさんのことは、まあ、いきなり馬鹿にされたから、好きか嫌いかと聞かれれば、まあ、好きではないのだけど、それでも危険な状況に居るというのであれば、できることはしてあげたいと思う。


 一緒に来ている宮廷魔導師の人たちは、話を聞く限りしょうもない人たちのようなんだけど、別に直接絡まれたりしたわけじゃないし、含むところもないしね。


「よっと」


 僕は木の上から飛び降りた。

 そしてその途中で『ブーメランスラッシャー』を発動して、近づいてきた魔物をズンバラリンと切り分けた。


「こら、りう!」


 爺ちゃんもすぐに追いかけて降りてきてくれる。


「爺ちゃん。移動手段を確保するからちょっと時間を稼いでね。

 しーぽん例のアレをお願い」


《待ってたですよー、ついにあれが日の目を見るですよー》


 爺ちゃんが俺の前に陣取り、魔物を迎撃するその後ろでしーぽんが収納(影の箱庭世界)から、件の秘密兵器を取り出した。

 それは細かい粒子でできた砂のようなもので、かなり大きな山ができるほどの量がある。


 そう、これは先日、僕が一生懸命〝ごーりごり、ごーりごり〟と削った、あの化石のなれの果てだった。


「あのかっこいい恐竜はもはや影も形もない」


 ついポロリと漏らしてしまった。無念である。


「だが、あいつは今再び、その威容をとりもどすのだーーーっ」


「なんだなんだ? のりのりだな」


「うん、ちょっと盛り上がってる」


 僕の言葉に反応したかのように、山と積まれた粒子がドクンと脈打った。


 その脈動のテンポが徐々に速くなって、いつしか高周波と呼べるほどのサイクルにかわり、その瞬間意思を持ったかのように僕に向かって殺到してきた。


 轟々と渦を巻き、僕の周囲を駆け巡る粒子の流れ。


《おおー。かっこいいですよー。変身しーんですよー。服が脱げるですよー》


 いえ、服は脱げません。

 しかしそうか変身か。とうとう僕は変身できるまでになったのか。


《そうですよー、素晴らしい成長ですよー》


「おお、こいつは!」


 爺ちゃんもびっくりして僕を見ている。

 僕に殺到する粒子は、ちょうどカプセルに包まれたような僕を中心に集結し積み上がり成長し、形をなしていく。


 それは一言で言うと、銀色の巨人……ではなく、怪獣だった。


 鋭角な角をもったドラゴンのような頭。

 磨き抜かれた金属のような表皮。

 その金属板を継ぎ合わせたかのような肢体。

 小さめの手、太く強靭な足。そしてとても長いしっぽ。

 背中には仏像の後光のような大きなリングを備えているのだ。


 姿勢が縦方向、つまり直立したスタイルなので、恐竜やドラゴンと言うよりは、ちょっとメタルな感じの『怪獣』というのが正しいだろう。


 そうこれこそが、しーぽんの怪獣ごっこを見て僕が受けた天啓だった。


 神様は言った。

『リウよ、怪獣王を目指せ』と!


《いやー、そういう記憶はないんだけどなあ…》


 まあ神の啓示なんて大体が思い込みだからそれでいいのだ。


 とにかく僕は怪獣しーぽんを見て、こういう戦闘ユニットがあればものすごくやりやすいのではないか。

 もし前回のタタリとの戦いで、こういうのがあったらもっと優位に立ち回れたのではないだろうか。


 確かに恐竜の化石は惜しい。

 本当に惜しい惜しい。


 だがここは、薄皮一枚向こう側に信じられないような危険を隠している世界なのだ。

 愛する人たちを守るために『たゆまぬ努力』というものが必要なのだ。

 昔の人はいいことを言った『備えあればうれしいな』至言である。


 間違ってるって?

 いいんだよ。怪獣ごっこ楽しいから。


「しかしでかいな!」


 爺ちゃんが僕を見上げてそう感想を漏らす。

 僕が作ったこの操魔の怪獣鎧は。頭頂高で5メートルぐらい。シッポを含めた全長は15メートル近くになる。


 ふっふっふっふっ、大怪獣だ。


「さあ爺ちゃんつかまって、一気に駆けるよ」


「よしわかっ…リウ太、それはやめた方がいいと思うぜ」


「はにゃ?」


《リウ太、話をするのにちょっと顔を出すのはいいけど、お腹はやめたほうがいいですよー。まるででべそですよー》


 え? マジ?

 それはダメだな。


 まあ、恐竜の化石の粉で作ったこの怪獣は、実態を持った魔素で構成されていると言っていい。

 つまり操魔でかなり自由にコントロールができるのだ。

 だから構成要素を振動させそれを音に変換することもできる。つまり全身の細胞でしゃべる。

 次からはそうやってコミュニケーションを取ろう。


 爺ちゃんが僕の差し出した手につかまり、肩のところに登ってくる。


 実際の僕は怪獣の胸の中あたりにいて、透明なカプセルに包まれたような状態になっている。

 僕の動きは怪獣と連動し、僕が顔を動かすと怪獣の顔も動き、怪獣が見たものが僕の目にもうつる。

 僕が手を動かすと怪獣の手も動き、僕が歩くと怪獣の足も歩く。


 感覚としては自分が巨大化したような感じだね。


 だから僕から見ると小さな爺ちゃんが僕の肩につかまっているような感じになる。

 なんか笑える。


「よし、リウ太、さっさと行くぞ」


『はい、任せて』


 僕は力強く第一歩を踏み出した。

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