第21話 町の騒ぎと再臨の軍曹殿

第21話 町の騒ぎと再臨の軍曹殿



「うーん、けっこうしんせつだよねえ…」


 はい、リウです。現在冒険者ギルドに来ています。

 目的は薬草類の情報。

 なんでこの街の冒険者が薬草の種類や、採取方法を知らないのか。


 疑問に思った僕は冒険者ギルドに来て『薬草のことを知りたいんですけど』と受付の人に聞いてみた。

 人の良さそうな太ったおばちゃんは、僕を自習室に案内してくれた。

 魔物の資料とか薬草の資料とかが置いてあって、それを落ち着いて読めるように椅子や机が並んでいた。

 資料よりも固定された椅子や机の方が幅を取っているので、やはり資料室というよりは自習室という印象になるね。


 そこでおばちゃんが取ってくれた薬草の図鑑みたいなやつを開いてみれば、精緻な絵が描きこまれていて、その薬効や利用方法。さらには採取の方法なども丁寧に書いてあるとても立派な資料だった。

 現在僕が見ているのはこの町の周辺で取れる薬草類だが、他にも生薬類の資料や、ほかの地区でとれる生薬、薬草などの資料まであり、さすが医学の中心になる町の冒険者ギルドだと感心させられる。


 ただ問題になるのはやはり識字率の低さだろうと思う。

 資料があっても読めなければただの紙切れだ。

 さすがに資料室に人を配置して、利用者に読んであげるような余裕はないのだろうと思う。


 だからといってその部分が放置されているわけでもないみたい。


 冒険者や一般の人向けの初歩的な文字の講習などはちゃんと企画されていて、冒険者ならのちのちの収入からの天引きで、一般の人でもかなりリーズナブルな価格で文字の読み書きを習うことができるようになっていた。


「さすがに充実しているね。

 でもこれじゃダメだよね」


《なんでですよー?》


 僕の独り言にシーポんが首をかしげる。

 だけどそれは結構当然の成り行きだ。人間はそれほど勤勉でもないし克己心に満ちてもいないんだ。

 普通の子供が、しっかりとした収入のためにまず下準備としてしっかり勉強しよう、なんて発想を持つことはまずないと思う。


 昔を思い出してみると、もし小学校なんてものがなくて、子供が一日中遊んでいたら、僕だってきっと勉強よりも遊びを優先したと思う。

 子供たちの自己責任で読み書きを習得させようというのはちょっと無理があるだろう。


 周りに読み書きできる人がたくさんいて自然に読み書きを学習できるような環境にあるとか、読み書きが絶対必要だと認識している大人がいてある程度無理やりでも読み書き計算を覚えさせるような状況にあるとか、そういう環境でなければ識字率は上がらないと思う。


 多分読み書きできる人が一定以上になって、生活環境が『読み書きができて当り前』という環境になれば、それ以降はある程度は読み書きを覚える人が増えるのだと思う。

 だけど逆に読み書きを覚えたくても周囲にそれを教えられる人間がいなければ当然に無理。


 日本で子供が読み書きを自然に覚えるのは、周りが『機会があればなんとなく教える』という環境があるためだと思う。


「でもなあ…」


《でもですよー》


 この世界の子供は労働力で、勉強するより働く。ということが常態化しているんだよね。

 たとえ必要が少なくても働かされる子供は多いんだ。それが常識だから。


 この状況では学校を作って、それに付加価値をつけて、例えば給食が出て食事代が浮く。といったいいことがあっても、自主性に期待する限り大きな効果は期待できないと思うんだよね。


 こういった場合、強権発動で、学校で読み書きを習うのが『義務』であるとしないと進まないと思う。


 ただ封建社会のめんどくささというのもあって、民草はバカな方がいいと思っている貴族も結構いるみたいなんだよね。

 バカはお前だっての。


 じゃあ冒険者ギルドで強制参加の講習会のようなものをやれればいいんだけど、ギルドっていうのは、相互扶助を目的に生まれた組織であるのに営利団体としての側面が強くて、もうからないことにお金は使いたがらない。


 大賢者って人もそれなりに昔の人だからか、もうかっている企業は利益の一部を社会に還元しないといずれ見捨てられちゃうんだぜ。見たいな感覚は持ち込まなかったようなんだよね。


 だからと言って行政側でそれをやれば『なんで私たちの収入を減らそうとするんだ!』みたいな話になるし、貧すれば鈍すというのがもろに出ちゃってるんだよな。

 特に冒険者にならない鍛冶屋とか農家とか、家業を継承するような家ではなおのこと。


 でもまあ、本気でどうにかしようとか考えてないよ。

 別に僕ってば王様じゃないし。

 そんな義務はないんだから。


 ただちょっともやっとするんだって話。


 ◇・◇・◇・◇


「あっ、軍曹殿、おはようございます」


 おっ、昨日の子供冒険者だ。

 みんな揃って気をつけしてるね。ただ立つ位置がみんなバラバラなのであまり統一感はない。


「君たちは何をしているんだ?」


「えっと、それなんだけどさー」


 むむっ、こいつら軍曹殿の意味がわかってないな。軍曹殿相手にこんなぞんざいな口をきくなんて許されないことだ。


「実は、昨日、俺たちを森に連れて行ってくれた冒険者たちがさあ、大怪我して帰って来たんだよ」


「なんかすごい魔物が出たんだってさー」


 よし、制裁は後回しにしよう。

 その話もっと詳しく。


 で、話を聞いてみたところ、子供冒険者達が先に帰ってきたのはどうも正解だったようだ。


 子供たちをあの場所に連れていった大人冒険者たちは、昨日そのまま森の奥に向かったらしい。

 森の奥に行けばそこそこ魔獣は存在する。

 そしてこの辺りは魔塔の結界のせいで危険度の高い魔獣は出てこない。

 少なくとも今まではそうだったのだ。


 なのでそこそこ腕のある冒険者は少し森の奥に入って獲物を狩ってくるのが常態化している。

 家畜と呼べるような動物はいるものの、需要と供給のバランスが取れているとは言い難い状況なのだ。なぜならあまり大規模に牧場などを経営すると、魔獣が大挙して押し寄せてきたりするから。

 なので常にお肉は品不足。

 それを補っているのがそこそこ腕のある冒険者ということらしい。


 この森だったら鹿とかイノシシとかが多いんじゃないかな。


 そんな稼ぎを期待して奥に進んだ冒険者たちは、本来そこに居るはずのない強い魔物に出くわした。レッサーマンティコアという魔物らしい。


 早速資料室でチェック。


 ライオンを大きくして蝙蝠の翼をくっつけ、尻尾をサソリと交換したような魔物らしい。

 ちょっとかっこいいかも。


《こいつは本物と違ってバカなんですよー、本物は人間の顔で喋れるぐらいには頭が良いですよー》


 頭のいい魔物っていうのは最悪だよね、人間の最大のアドバンテージが通用しなくなるわけでしょ?


 まあ、そんなわけで大人冒険者たちはこの魔物に襲われて大怪我をした。

 幸い犠牲者は出なかった。それまでに結構獲物おにくが取れていて、それをぶちまけながら逃げたのが良かったらしい。


 魔物の方も見知った食べ物の方が良かったのか、人間たちに対する追撃を途中で放棄してお食事を始めている。


 そして彼らは命からがら町に帰り着き、街の衛兵に助けを求めたというわけだ。


 怪我の状態はなかなかひどく、特に尻尾で刺されて毒に侵された人の状態は悪く、うちの魔塔で医療チームが組まれて出動する騒ぎになったらしい。

 これが昨日の騒ぎの第一弾だった。


 ということは二弾も三弾もあるわけで、二弾目はここに居る子供冒険者達のこと。大人冒険者たちはあんななりではあったが一応責任感は持っていたらしく、子供冒険者を置いてきてしまったことをギルドに申告した。


 まあこの時点で子供冒険者たちはとっくにギルドの清算を済ませてうちに帰っていたりするのだが、神ならぬ身にそんな事情が分るはずもない。

 すわ一大事と子供たちの救出のための冒険者チームが組まれた。


 第三弾は魔物そのもののことだ。

 本来結界を嫌って近づかないはずの魔物がなぜかやってきた。

 これは町的に見て極めて重大事である。


 この街は戦力が整っているのでレッサーマンティコア程度が押し寄せてきたところでびくともしないとおもう。何と言っても神威心闘流の本拠地だ…あれ?

 まっ、まあ、とにかくこいつが敵の最大戦力とは限らない。

 それにこんなのが森をうろうろしているのでは、薬草採取やお肉確保が難しくなる。経済的にも、流通的にも大問題である。


 当然のように調査チームがくまれ、厳重な調査が実行されることになった。


 まあ第二弾に関してはギルドの受付嬢の中に目端の利く人がいて、自分が清算を担当した子供達がこの子供冒険者ではないかと気がつき、確認を取ったことでことなきを得たが、それで一件落着ではない。現在も大騒ぎであるのだった。


「でも僕にはあんまり関係ないかな」


 どうせ外には出してもらえないしね。こういう時良識ある大人は子供を使おうとか考えないからね。

 うちのじいちゃんとか非常識なくせに常識人なんだよね。


 さてそうなるとやることもないな。


「よし、お前たち、昨日の卒業は取り消しだ。お前たちは糞虫に逆戻りした。

 今日はさらなる発展のために、お前たちに読み書きを教えよう。

 謹んでお受けするように」


「「「「「ええーーーーーっ」」」」」


 まあ当然そうなるよね。


「でも軍曹殿、俺たち仕事の依頼を受けてここに来てるんだけど…」


「むっ、仕事か…それは仕方がないな…で、どんな仕事なんだ」


 えっ、ちょっとちょっと待って、マジ? まじでそんな仕事あんの?

 よし、しようがない、付き合ってやろうじゃないか。


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