第14話 タタリ

第14話 タタリ



「いかん逃げろ、タタリじゃ」


 アベンチュリンさんが声を張り上げた。

 魔物を叩くために村の男たちが前に出ていて、それが災いした。

 タタリはさっと動くと一番近くにいた村の男の人を体当たりで弾き飛ばした。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ」


 どさりと落ちて動かなくなる男。

 どれほどの力が、と思ったがそれで終わりではなかった。

 倒れたその人は徐々に黒くなって、そのままぼろぼろと崩れていってしまったのだ。


 そしてタタリは頭を、いや、鎌首をもたげ、しゃあぁぁぁぁぁぁっと鳴いて見せた。

 そう、タタリは大きな蛇だったのだ。

 鎌首をもたげたその頭の高さはアベンチュリンさんの2倍を超える。つまり優に3メートルを超えているのだ。胴体の方は体が曲がっているのではっきりとはわからないが太くて長い。


 色は完全に白と黒。

 胴体はまるでコールタールで出来たような真っ黒で、頭や背中に白い、本当に白い骨のような装甲版が付いている。


 威嚇のために開かれた口も真っ黒で、白い牙だけが浮いて見える。

 こんな恐ろしいものがこの世にいるなんて。


 これなら前に見たクマなんかただの動物だ。動物園の人気者に見えるぜ。


「全員早く逃げろー」


 アベンチュリンさんはそう叫ぶとタタリの蛇の前に陣取って魔法を紡ぐ。


「おお、【夜の帳、そは我ら守りし清らなる女神の御手、邪悪なる剣をからめとり、ことごとく地に落とさん。慈悲深き女神の盾ラウラ・プロテクション】」


 アベンチュリンさんが呪文を唱え、手を振るとその場にいた人たちが、まあ、離れていると無理だったようだが、ほんわりと光に包まれた。


《これは大地と夜の女神ラウラの守護魔法ですよー》


 ということらしい。

 タタリ蛇からは瘴気のようなものが漏れていて、それに触れた草花がぼろぼろと崩れていく。

 どうやら村の大人を滅ぼしたのはこの瘴気のようだ。


 だが光に包まれた村人はそれに耐えていた。

 ナイスだ、アベンチュリンさん。


 アベンチュリンさんはさらに朗々と声を上げる。


「偉大なる大地の女神ラウラよ、我にクラスの加護を与えたまえ、称号クラスコード発動、僧侶戦士!」


「おおっ、なんかかっこいい」


 アベンチュリンさんが呪文(?)を唱えると彼の身体がぱっと光り、その光はライン状になって胴体部分をかたどって見せる。

 なんだかわからないがかっこいい。

 それに彼から感じる力がぐんと上がったような気がする。


《クラスの加護ですよー》


「さあ、こい、これて貴様のタタリも儂には効かんぞ!」


 そう言うとアベンチュリンさんは手に持った大きなメイスを振りかぶり、タタリの蛇に向かって振り下ろす。

 かなり大きなメイスで金属の板を組み合わせたような形、しかもあちこちがとがっていて殴られれば鈍器というより刺さるような、あるいはえぐるような形状だ。

 そのメイスが蛇の頭、白い外骨格にたたきつけられ、『がああああん』という音を残してむなしくはじかれた。


「むう、やはり固い、ここまで大物になると儂のメイスも効かんか」


 そこでタタリの反撃! とはならなかった。

 タタリ蛇はアベンチュリンさんは無視してアワアワしている村人たちに向かったのだ。


「くっ、この、くそ、こっちにこい」


 アベンチュリンさんは今度はタタリ蛇の黒い部分にメイスを叩き込む。黒い部分は粘土のようにえぐれて大穴が開くのだけれどすぐに押し寄せた黒いどろどろでふさがって元に戻ってしまう。


 こいつに知性があるのかわからないが、アベンチュリンさんの相手をせずに村人を襲うことにしたらしい。アベンチュリンさんはタタリ蛇に触れられても滅びたりはしないが、逆に彼のどんな攻撃も全く効いていない。それを見越したんだろうか。


 腰を抜かして這いずるしかできない村人、狩人のおっちゃんにじりじりと這いよるタタリ蛇。

 神様の魔法に守られているといっても直接攻撃に耐えられるのか?


「リウ、逃げなさい」


 お母ちゃんの声も切迫している。

 くっ、ここは逃げるしかないのか…

 俺が振り向くとしかし。


「お父ちゃん!」


 俺より少し上ぐらいの女の子が俺の脇を走り抜けようとした。

 これはダメだろ。

 俺はとっさに飛びついて、女の子を引き倒す。


 お母ちゃんが走ってきて女の子を抱えあげた。


「リウ、偉い、逃げるよ」


「うん」


 女の子を抱えて走るお母ちゃんに並走して俺も走る。今はそれしかないのだ。

 でも…


「ぎゃーーーーーーーーっ」


 絶叫に振り向くと狩人のおっちゃんはタタリ蛇に胴を咥えられて持ち上げられている所だった。アベンチュリンさんがめちゃくちゃにタタリ蛇を殴りまくるが効いていない。

 そのうちに狩人のおっちゃんは黒くなってぼろぼろと崩れてしまった。


 お母ちゃんが抱えた女の子が悲痛な声を上げる。


 なるほど、みんなが恐れるのも当たり前だ。


 蛇はその後、やはりアベンチュリンさんは無視して村の中央の方に頭を向けた。

 あくまでも村人を襲うつもりらしい。


 後ろを振り返る。

 お母ちゃんはあの女の子を連れて避難所の方に向かって走っている。

 避難所には結界があると言っていたけど、大丈夫だろうか。

 そもそも避難所には入れるのだろうか…


 この蛇がいっても、何とかなるのだろうか。


 いや、無理だな。

 それで守れるのなら分散して隠れろみたいなことは言わないはずだ。

 おそらく結界も気休めでしかないのだと思う。


 食事中の人には申し訳ないが恐怖でちびりそうだ。

 そして足元から這い上がってくるそれは俺にささやきかける。

 こいつを行かせてはダメだ。

 こいつを行かせたら死んでしまう。

 こいつを殺さないと死んでしまう。


「やらなくちゃ」


《大丈夫ですよ、操魔があればあいつのタタリはリウ太には効かないです。魔素で守るです。魔素で削るです。やりようはあるですよー》


 しーぽんがパ〇ルダー〇ン見たく俺の頭にがっしりとつかまる。

 よし、無敵の力だな。


 俺はタタリ蛇に走り寄り軽くジャンプ。

 俺の周りの魔素たちが俺を支えて俺はふわりと浮かび上がる。

 そのまま顔面にキック!


「あっ、意外と効いた」


 蛇はそのままはじかれて頭を地面にたたきつけている。


「警笛!」


 その間にアベンチュリンさんにそう叫ぶ。


「そうじゃった」


 忘れてたんかい!


 そして再び甲高い笛の音が響き渡った。


◇・◇・◇・◇


「むっ、何かあったようであるな」


 そのころタタリ傀儡と戦っていたアーマデウスさんは鳴り響く警笛を耳にして村の方に異変が起きたのを知った。

 すでに狂った魔物たちは打倒され、少し余裕ができている。


「ふむ、どうやらこいつは吾輩一人で何とかなりそうである。君らは村の方に急ぐのである」


 目の前にタタリがいる以上。村で何かあればそれは別のこと。

 おそらくタタリに触発された魔物が大挙して押し寄せたとかそういうことだろう。

 そう考えたのは無理もないことだった。

 それに目の前のタタリは思ったほど強力ではなかった。アーマデウスさん一人でもなんとか相手にできるレベルだった。とはいってもアーマデウスさんが特級戦力ではあるのだが。


「持っていくのである【戦神は盾を掲げた。其は邪悪なるすべてを退け、しもべたちを守る障壁となる。戦神の守護城壁ゼクス・ウォール】」


 アーマデウスさんが魔法を唱え、その場にいる三人が光に包まれた。

 これもタタリの影響を弾ける防御魔法だ。


 テンテン姉たちが村に向けて走り出した後、アーマデウスさんはもう一度呪文を口ずさむ。


称号クラスコード発動。【拳聖】!!」


 アーマデウスさんが光に包まれ、その後には光のラインで出来た鎧に守られた彼がいた。アベンチュリンさんのものより鎧っぽい。

 俺がいたら〝カッケー〟とか叫んだだろう。惜しい。


 そして合わせられる拳と拳。

 周辺に衝撃が広がって近くの木や石が砕け散る。


 うん、余波がすごい。これでは人がいるところでは使えないな。


 ピイィィィィィィィィィィィィィィッ。

 ズバンッ!



 凶獣の最後の一匹がアーマデウスさんのパンチで爆散する。


「これでラスト、残りはそなたのみである」


 最後の凶獣(鹿)を粉砕し、タタリの傀儡人形に向かい合う。

 アーマデウスさんは180を優に超える巨体で、つぎはぎ人形は逆に一メートル無い。

 普通なら戦いづらいところだが、そこは達人。そういうことも感じさせずに滑るように近づき、腰を低く落として鋭い連撃を撃ち込んでいく。


「・・・・・・」


 人形の方は全く無言。

 まるで糸の切れた操り人形のようにぎくしゃくとした動きで、時に物理法則を無視したような不自然な挙動でアーマデウスさんに襲いかかる。


「無駄である」


 しかし後ろに目が付いているような動きでタタリを迎え撃ち、また再び連撃の嵐。


「ふむ、意外と手ごたえが…」


 攻撃を加えるたびにバチバチと火花が散り、その火花が散るたびにタタリの力が弱まっていく。

 アーマデウスさんはその時いやな予感を覚えた。


「ありえぬ! こいつは勇者がいる時代に倒しきれずに封じられた強力なタタリのはず…時間経過で弱まることを期待されたとはいえ、ここまで弱くなるものか…

 これでは発生したばかりの小タタリと変わらないではないか……まさか」


 発生したばかりの小タタリと変わらないのではなく発生したばかりの小タタリなのでは?

 アーマデウスさんの背筋をいやな怖気が這いまわった。


「ううむ、ここは必殺技で行くのである。【戦神は剣を掲げた。輝く剣が地を払う。邪悪の軍勢はことごとく砕かれ、光に焼かれて燃え尽きる。おお、ゼイ・エクスよ、その威光でこの地を照らしたまえ】」


 呪文とともにアーマデウスさんの構えた右手が光り輝く。


 危機感を感じたのかタタリの傀儡は何度もアーマデウスさんの身体に体当たりをして火花を散らすが次第に光に押されるように劣勢になっていった。

 彼の防御魔法はかなり強力なようだ。

 そして。


「おおおおおおっ。吾輩の右手が光って唸る! 穢れを砕けと輝き叫ぶ。いま、必殺の。シャイニングナッコォーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 ズドン。


 輝く拳が傀儡に叩き込まれた。

 傀儡タタリの動きが空中で停止する。


 ゆっくりと拳を引くアーマデウスさん。傀儡は空中にとどまってぴくぴくとしている。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!


 アーマデウスさんの連撃が始まった。

 マシンガンのように叩き込まれる光の拳。

 縫い留められたように逃げられないタタリの傀儡。


 アーマデウスさんの拳から光がなくなったとき、その光はすべてタタリの傀儡に撃ち込まれていた。

 光に包まれる傀儡タタリ、一筋、二筋、内側から光の帯が吹きだし、目もくらむばかりの光の中で傀儡は罅割れ砕け、そして光に溶けていった。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅっ」


 一瞬だけの残心ののち、アーマデウスさんはその場に一瞥も残さずに走り去ったのだった。


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