第13話 解き放たれた災厄(後編)
第13話 解き放たれた災厄(後編)
「家に入っているのである」
遠くから笛の根が鳴り響き、その音に首をかしげているとアーマデウスさんはそう言い放ち、姿を消した。
いや本当に。今まで目の前にいたのがシュパッと消えたように見えたのだ。
まあ、高速移動ということだな。目では見えなかったが魔力では移動を感知できたからわかった。そうでなかったら
そしたらすぐに今度はテンテン姉やフゼット姉がやってきた。
「リウ太、何をやっているです」
テンテン姉は俺のことを抱えて家の中に飛び込む。
「何があったの?」
お母ちゃんがそう言うと。
「あの笛は非常事態の笛です。しかも最大級の。おそらくタタリが解放されたのだと思います。
リリアーヌさまはリウ君とここにいてください。
決して外に出ないように」
「大丈夫です、アーマデウスさんは超級戦力です。タタリごときに負けないですです」
「それにもうすぐ本体も来ると思います。のろしを上げましたから。
彼らが来れば何とでもなります」
という割に二人の表情は厳しかったように思う。
そんな簡単な相手ではないのだろう。
外では村人たちに自分の家に閉じこもって外に出ないようにと触れ回る声が聞こえた。
「自分の家?」
こういう時は避難所ではないのか?
「タタリは人が沢山いるところに向かってくるから、一か所に集まるとかえって危ないのよ」
なんと、面倒くさい敵だな。
だが俺に出来るのはおとなしくしていることだけだろう。
え? 力は使わないのかって?
何言ってんの。こっちは6歳児だよ。多少変わった力を持っているからって、何かできるわけないじゃん。
ここはおとなしくしているさ。
みんなの無事を祈りつつね。
◇・◇・◇・◇
さて、そのころ、一瞬といっていいほどの速さで現場に駆け付けたアーマデウスさんは愕然とした。
件の祠を封印していた石がものの見事に割れていたのだ。それはもうガラガラと崩れる勢いで。
そしてその開いた穴の向こうに黒々とした空間が広がり、そこから不穏な風が吹き出しているように感じた。
長年たまりにたまった穢れ、狂った魔力だ。
何かが飛び掛かってきて彼は即座に身をかわし、手刀でそれを撃つ。それはものの見事に〝それ〟の首を切り落とした。
しゃーーーーーーーーーーーっ
生首になってまで威嚇をやめないそれはただの角兎。
おとなしいはずの魔物だった。
「瘴気に中てられて狂暴化したのであるか、これでは周辺の魔物が狂うのも時間の問題…とりあえず穴をふさがないといかんのである…」
「あーまで……う…」
ふいに聞こえた声に彼は振り返った。
声の方向。木に遮られた向こう。
即座に駆け付けるとそこには剣士のギールス。いや、彼だったものが横たわっていた。
アーマデウスさんはそれを観察する。
残っているのは胸から上、肩の片側のみ。他は黒く変質してポロポロと崩れていく。
「タタリにやられたか…ということはやはりタタリもすでに…
ギールスよ。なにがあった。タタリは見たのか?」
しっかりしろよと抱き起したい。だが状況はそれを許さない。
振れれば崩れてしまいそうだ。
「子供が…封印せきに魔法を…」
「タタリは見たのか?
子供はどうした?」
「ごぷっ…」
はじかれたときに意識が飛び、今、意識を取り戻せたのは執念か奇跡か。
それともすでに、死んでいるのか…
だが返事はなかった。
口からあふれ出す黒いどろどろした液体。
それを吐き出すと同時にギールスの身体はどんどん黒く染まり、崩れてしまう。残ったのは黒くわだかまる一握りの灰だけ。
これこそがタタリのタタリたる所以。
タタリが恐れられる所以。
タタリに殺されたものは安らかな死すら失うのだ。
「アーマデウス様」
「これは…」
テンテン姉とフゼット姉が駆けつけてきた。
「残念である。ギールスは名誉の戦死である。
そしてギールスを殺したタタリはまだいるのである。
一刻も早く探さねばならん」
「であれば人の多いところを目指す習性があるから村に行ったのかも」
「うむ、いかんのである。
すぐに戻らねば…」
「でもこれじゃ…」
フゼット姉の口から弱音がこぼれる。
いつの間にか周囲は殺気だった魔物で十重二十重に囲まれていたのだ。
しかもすべての魔物が真っ赤に目を燃やし、口からよだれを垂らしている。
とても正気とは思えない。
「タタリに中てられたデス。
これは凶獣ですです」
「二人とも修業がたらないのである。
この程度大した手間ではないのである。
問題は…」
「うそ…」
「タタリ…」
そう、魔物、いや、この場合は凶獣か。その後ろからゆらりと進み出た一体の異形。
大きくはない。1mちょっとぐらいだろう。
真っ黒な粘土をこねて固めて作られた不出来な人型。
かろうじて人間のような形をしている不格好なそれは頭や腕など、ところどころに白い装甲版を張り付けたような姿をしている。
タタリの特徴だった。
その身からは赤黒い陽炎のようなものがゆらゆらと立ち上っている。
「村に向かったかと思ったであるが、まだここにいたであるか。
ならば好都合。
ここで倒して見せるである」
「二人とも援護を頼むである」
「「はい」です」
かくしてアーマデウスさんたちとタタリの戦いが始まった。
◇・◇・◇・◇
一方村の方はというとドワーフのアベンチュリンさんが駆け回って避難誘導をしていた。
ドワーフというのは頑強でタフな種族なのだそうだ。
だがその反面足は遅い。
職人種族なので敏捷性などは高いのだがそれと足の遅さは別物らしい。
「何をしとるか、けが人を守らんでなにをしているか」
そう叱責を受けたのは村長の息子二人だ。
門番をやっている二人で、はっきり言って役立たずだった。
普段偉そうにしているくせに、門の所に魔物が押し寄せてきたら途端に腰が引けてしまった。
魔物といっても角兎とか大鼠とかそんなのなのだが完全にビビっている。
魔物の方も目を赤く光らせてまともじゃない感じではあるのだが、ちょっと情けなくないか?
まあ、じたばた逃げ回るのでおとりとしては優秀で、複数の魔物に追い回されて、そういう意味では役に立っている。
それよりも困るのは俺の家が割と門の近くにあるということだろう。
お母ちゃんはけが人を放っておくことができずに元気のいい村人と協力してけが人の治療とか始めてしまった。
魔物が大挙して押し寄せる前に畑に出ていた村の人たちが倒けつ転びつ逃げてきたのだ。当然にけが人も多い。
魔物の相手はアベンチュリンさん一人でやってる感じになる。
にしても結構村の外の田畑で働いているやつが多かったようだ。
「リウ、リウは家から出ちゃだめよ」
ドアの所で外をのぞくとお母ちゃんの厳しい叱責が飛んでくる。まあね、親としては当然の判断だろう。
だが俺の力は多少は役に立つはずだ。
「リウ!」
俺はちょろりと飛び出した。
ムリをする気はない。
だが俺のフォースハンドを使えばけが人を運ぶことぐらいはできるはず。
怪我してじたばたしているやつの襟首をつかみ、その体をフォースハンドで少しだけ浮かせて引きずる。
ずるずるずるずる…
おお、意外と動くな。
「すごいわリウ」
「えへへ」
「ぎゃーーーーーーっ」
「ひいいいっ」
あっ、門番の一人が鼠に噛まれた。
鼠といってもドブネズミみたいなやつではなくハムスターの大きいやつだ。基本可愛いで済む魔物だったりする。
「ええい、この根性無しどもが!」
アベンチュリンさんが悪態をつく。
一人の門番がネズちゃんに噛まれてかすり傷を負って逃げ出し、もう一人も追いかけて逃げていってしまったのだ。
もうほとんど全力疾走だ。
元気すぎる。
反面、猟師のおっちゃんとか、隣の爺ちゃんとかは果敢に魔物と戦いだしていた。鉈だのこん棒だので魔物と戦っているのだ。
全く、あんな門番が許されるのか?
まあ、その間も俺はお母ちゃんのもとにけが人を…
♪――操魔のレベルが上がりました。
「おおっ」
ぶわっと力があふれたような気がした。
今度はレベルⅣだ。
なんか今までと桁が違うパワーアップという感じがするんだが…
《レベルがⅣになったですよー、制御魔力量は16,777,216マナですよー》
・・・・・・(考え中) ! やっぱり乗倍か。4000ぐらいだったのがいきなり1600万だ。これはすごい。
そして今までの経験から制御範囲が167772cmつまり1700m弱になったはず。
俺はバッと手を振り魔物をまとめて弾き飛ばした。
「うん大したことはないかな」
俺の力がな。
なんか突風で転げたような感じにしかならなかった。
だがいい援護になったと思う。
アベンチュリンさんが『いまだ! 一気にぶっ潰せ!!』と声を上げると義勇村人が粗末な武器で魔物をタコ殴り、多くの魔物をしとめることができた。
《何事も練習ですよー、思い付きだけでうまくいったら誰も苦労しないですよー》
そらそうね。
《いけないですよー、来るですよー》
それはいきなりの感覚だった。
しーぽんが警告を発して、そのすぐあと、全身をおぞけがはい回るような感覚が襲ってきたのだ。
「みんなにげてー」
俺は思わず叫んでしまった。
それほどやばい。
それほど恐ろしい。
「全員逃げろ! 村の中央の結界に!」
アベンチュリンさんの反応は早かった。
だが村人はそうはいかない。
何が起こったかわからずにいる彼ら、そのうちの一人、前に出ていた村の大人の一人が何かの冗談のように空を飛んだ。
まるで壊れた人形のように…
恐怖がやってきた。
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