第11話 隣の部屋を覗いたら筋肉の壁があった

第11話 隣の部屋を覗いたら筋肉の壁があった



 ある日人の話し声で目が覚めた。

 部屋の中を見回すともう誰もいない。


 隣で寝ていたはずのお母ちゃんはもちろん同じ部屋で寝起きしているテンテン姉もフゼット姉もいない。

 声は隣の部屋から聞こえてくるようだ。


「むむ、男の声」


《お客さんみたいですよー》


 ふむ、ちょっと様子を見てやるか。

 というわけで隣の部屋を覗いたら…筋肉の壁があった。


◇・◇・◇・◇


 アーマデウス・アドラーさん。という人だった。

 身長は180cm越えだと思う。

 鍛え抜かれた筋肉の持ち主で仕立てのいい背広がパンパンになっている。

 顔つきはいかついが目が優しげでカイゼル髭がよく似合っている。


「初めましてリウ君。吾輩はアーマデウス・アドラーという。よろしくお願いするのである」


 存在感が半端ないのに物腰が柔らかくて山高帽を胸に当てて自己紹介するその姿はとってもジェントルマン。


「お茶が入りましたよ」


 そんなお母ちゃんのそんな声に。


「はっ、ありがたくあります」


 赤くなって最敬礼。わかりやすい。

 お前さんほれたね? まあ、気持ちはわかるぜ。お母ちゃん最高に美人だからな。

 でもお母ちゃんと付き合いたければ俺を倒さないとだめなんだぜ。


 って、俺の方が勝ち目がないぜ。


 でこの人が何かというと。


「プラチナ級の冒険者ですです。封印の準備に思いの他時間がかかっているみたいで万が一の時の応援に先行してきてくれたです」


 おー、それはすごい…よくわからんけど。


「あー、冒険者って言うのはね、世のため人のために頑張る人なんだけど、ランクがあってね…」


 で、ここで冒険者の話だ。

 冒険者はギルドというのに所属していて、ギルドが所属冒険者を管理している。

 まあ、その内容はわからんが、ランクは分かった。

 下から順に。


 ① 見習い期間

 ――そのまんま見習いの期間。行ってみれば試用期間だ。3か月は見習いらしい。この間に冒険者としてやっていくかどうか考えてほしい。みたいなやつ。

 ② ブロンズ級

 ――見習いを抜けて正式採用。新入社員~平社員といった感じ。半人前である。

 ③ シルバー級

 ――半人前を抜けてやっと一人前というところだろう。

 ④ ゴールド級

 ――ベテラン冒険者。実力も信用もある。試験とかあってゴールドになるのは大変らしい。

 ⑤ プラチナ級

 ――一流の冒険者。実質的に冒険者のトップだ。

 ⑥ アダマンタイト級

 ――これは称号みたいなものだ。何かすごい功績とか実績とか挙げた人に贈られるクラスだ。


 なのでアーマデウスさんの『プラチナ』はかなりすごい。らしい。

 しかもなんちゃらいう流派の達人でもあるそうで、武人としても有名なんだそうだ。

 なんちゃらじゃわからんて? 俺もわからんよ。聞いたことないからな。


 まあ、そんなわけで村にまた一人仲間が増えた。ちなみにギールスさんも帰ってきている。ただすでに外は雪景色。

 クラッシックな自動車が走れる状況ではないので魔動車は置いてきたようだ。


 アベンチュリンさんは滂沱の涙を流していたとかいないとか。

 ご愁傷様だぜ。


◇・◇・◇・◇


 アーマデウスのおっちゃんは常に紳士であり、常に背筋を伸ばし、鍛え抜かれているのに、いや、だからこそかもしれないが動きが優雅でよどみがない。

 しかも人当りも良いので実は俺はかなり好感を持っている。

 そう感じたのは俺だけではないらしく、お母ちゃんもおっちゃんが来ると楽しそうに話をしていた。


 なんかちょっと変わった薬の調合が必要だとかで、お母ちゃんが調合をしていて、おっちゃんは様子を見に来るのだ。


 それは昼間のことで夜になるとおっちゃんは件のやばい場所に出かけていく。


「あまりご無理をなさらないでくださいね」


「はっ、ありがたくあります。しかしこれが吾輩の任務でありますから」


 お母ちゃんと話すときは堅物軍人さんみたいになるおっちゃんだった。

 どういうことかというと昼間は冒険者の四人が交代であの場所を見張りしていて、夜はおっちゃんがその傍にテントを張って寝泊まりしているのだ。


 夜間の見張り。でもずっと起きていたりはしないみたい。


「あのレベルの達人になると見張りにわざわざ起きている必要もないですです」


 なんかすごい人なんだなと思う。

 ナンチャラいう流派で皆伝までいった達人なんだってさ。


 昼間村に戻っている時は村の片隅で武術の技の練習などしているのだが、これがなかなかかっこいい。


 おっちゃん、体が大きいのに蝶のように舞い、蜂のように刺す動き。武器なども自在に使う総合格闘技。

 ちょっとやってみたい。


《叡智さんが型を記憶しているですよー》


 なるほど、観察を続けた結果その型は6種類あるらしかった。

 そのすべてを叡智さんが正確に記憶。

 しーぽんがそれを使って動きを指導できるらしい。

 ならやってみるか。


 多分何とかなるだろう。と思ったのだが…とんでもない。

 基礎がないせいかバランスが保てない。

 慌てて操魔で身体を支えてなんとかかんとか。

 しかし操魔は便利だ。


「マジックハンドマジ便利」


《あー、それはダメですよー、マジックハンドは魔法にあるですよー》


 むむ、すでに使われている名前だったか。

 なるほどかぶるのはよくないかな。


 マナハンド…なんかぴんと来ない。気…ソーマ…ダイン…フォース…


「うん、フォースハンドにしよう」


 そんな事を言いながらきゃいきゃいやっていたら。


 がしっ!


「きゃーーーーーーっ」


 いきなり捕まって持ち上げられた。

 じたばたじたばたしていたらくるっと方向転換させられた。

 目の前にいたのはアーマデウスのおっちゃんだった。


「リウ君、キミには才能がある。ちゃんとやってみないか?」


 真剣な目。顔がいかついのにきらきらしててなんか愛らしい。

 これは本気だな。


《分からないセンスですよー》


 しーぽんが抗議の声を上げたがまあ、どうでもいい。


「やる」


 気が付いたらそう返事していた。


「よろしい、リウ君は今日から『カムイシントウリュウ』の闘士だ。吾輩が必ず一流に育てて見せる」


 神威心闘流というらしい。

 なかなかかっこいいな。


◇・◇・◇・◇


 やっぱり型よりも前に基礎があるらしい。当然基礎の訓練から始まりました。

 結構きついです。


◇・◇・◇・◇


「ちくしょう…」


 俺がそうやって修業に邁進しているところを見て歯噛みをしていたのは村長の孫のクラ君だった。

 まあね、視点が違うのだが語り部としておれが話を進めよう。


「なんでだ。あいつは無能なんだぞ…俺の方が才能があるんだ…」


「そうだよな。俺たちは森には絶対に行っちゃダメだって、行くとすっげー怒られるのにあいつだけ冒険者に連れられて奥に行くんだぜ」


「なんか変だよね。何であいつだけいいんだ?」


 子供たちにしてみれば当然に疑問だったろう。

 俺があそこに行くのをおとなたちが是とするのは俺があの場所を気持ち悪がって必要以上に近づかないからだ。

 しーぽんも嫌がる。

 まあ、ある種のセンサー?


 おいおい、子供にそんなことやらせるなよ。

 実はたんに俺にかまいたいだけという可能性もある。

 みんな俺のこと好きすぎだな。


 あそこはといえば結構変わった。

 確認のため掘り起こされて埋まっていた洞窟と、その洞窟をふさぐなんか色々掘りこまれたサイケデリックな岩がむき出しになっていた。

 この岩が封印というやつだろう。


 そしてこの岩なんだがところどころ罅が入っていて、今にも崩れそう。

 お母ちゃんが作っている薬はそれを食い止めるためのものらしい。

 封印に影響を与えない接着剤とかコーキング剤とかたぶんそんなの。


 薬ができる尻からテンテン姉たちが丁寧に刷毛で優しく優しく塗っていく。その間も僧侶のアベンチュリンさんがなんかゴニョゴニョなんか唱えている。

 浄化とかそんな感じなんだろう。


「ちょっと様子見に行ってみようぜ」


「えー、やめようよ、俺晩飯抜かれるのやだ、昨日も食べられなかったんだぜ」

「うーん、俺も拳固連打は嫌だなあ」


「でもさ、俺この間近くまで行ったんだよな」


「えっ? うそ」


「ほんとさ、ちょっと行ってみたら見張りがいなくてさ。近くに行ったら気持ち悪い石が置いてあった」


「どんな?」


「卵みたいな形でさ、表面に気持ち悪い模様がいっぱいあってさ、表面がヌメヌメしているんだ」


「触ったのか?」


「いや、すぐに見張りの冒険者のおっちゃんが来て追い払われた」


「あっ知ってる。剣士のおっちゃんだよな、結構見張りさぼって隠れてお酒とか飲んでるんだぜ」


「あいついい加減だよな」


「「「あははははっ、ダメ男だー」」」


 子供の目というのは割とどこにでもある。

 大人が気を付けた気になっていてもどこかで見ていたりするのだ。

 俺みたいに。


《リウ太はれいがいですー》


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