第10話 秋から冬へ、雪が積もった

第10話 秋から冬へ、雪が積もった



 リリアーヌ…


「本当です、とっても心配したんですリリアーヌ様」


「いえ、私はピオニーですよ、リリアーヌはもう捨てた名前ですから」


 なんと、リリアーヌとはお母ちゃんの本名か。

 そして駆け落ちであったと。


「まあ、こんなところに一人でいるんだから何か理由があると思うです。でもおうちの方も心配していたです」


「本当ですか? あの人たちが私の心配をするとか、想像が付かないんですけど…」


「あー…それは…一応…というか…いえ、正直に言えばほとんど気にしていなかったです」


「ですよねえ、なんといってもうちは子だくさんでしたし、あまり多すぎて最後は子供たちを有力貴族の所に配っていたほどですし」


「奉公に出していたというです。配っていたはいくら何でも…」


「まあ、確かに勤め先は世話していたけど、給金は半分持って行ってたですし、私も先輩が気を使ってくれなかったら結構大変でしたよ」


「先輩って誰です?」


「ほら、大医王さまのお弟子のバゼット様です。私がお勤めしていたお屋敷の侍従長の」


「惜しい人を亡くしたです」


「え? なくなったんですか?」


「もうずいぶん前です。伯爵家に嫁いだ王女がお子を産んで、その日だったそうですです」


「ああ、そうだったんですね…」


 やはり女三人だけだと気易くなるのか結構突っ込んだ話をしている。

 まあ、結局俺の親父の話などはお母ちゃんが渋って話さなかった。

 何があったのか気にはなるが…


 それになにかつらそうな感じがした。

 見えているわけではないが、操魔に目覚めてからなんとなくそういう空気感みたいなものが感じられるようになっているのだ。

 俺は心を研ぎ澄ませて彼らの話を伺う。


「それでテンテン様、この後はどうなるんですか?」


「上に連絡を入れたです。ギールスが魔動車でかっとんでいったです」


「アベンチュリンさんは泣いてましたよね。俺の魔動車ーーーとか言って」


「あれは公爵様のものです。しかも大賢者様が手ずからおつくりになった一品です。あれを私物化するというならあいつでも首を落とすです。無礼です」


「「あははははっ」」


「まあ、問題ないです。あれは飛ばすと速いです。連絡が通れば公爵様が封印強化の特殊部隊を送ってくれるです。

 封印が強化されてここに監視体制が敷かれれば一安心です」


「そうですか。よかった」


「だからあなたたちの身の振り方も考えるです」


 テンテン姉がずいッと乗り出した


「この子が申し子であるならばこんな田舎の村で育てるのは無理ですです。

 何らかの後ろ盾が必要です。

 こういう時は公爵様を使うです。便利ですです」


 このテンテン姉もよくわからない人だ。

 立場は結構上みたいだが、公爵様ってかなりえらい人だよね。それをこき使うとか、身分があるのか気易いのか…


「あの、申し子って何ですか?」


 おお、ナイスだぞフゼットさん。


「フゼットはいつも勉強が足りないです。精進するです。それで申し子というのは大いなる存在から加護を受け、特殊な力を持つようになった人のことを言うです。

 身近なところでは勇者とか聖女とかそうですです」


「まさか…この子がそんな…」


「いえ、リウ太が勇者と思っているわけではないです。勇者が妖精を見ることができたという話は聞いたことがないです。聖女ならないこともないです。

 あと、我らが大賢者様も申し子だったと言われているです。

 あのかたは妖精とも仲が良かったみたいでよく見えない誰かと話していたそうですです。

 魔動車を始めいろいろな叡智を残して呉れたです。それらも妖精の知恵であったと言われているです」


「じゃあ、リウちゃんが賢者系ですか?」


「可能性はあるですがそうとも限らないです。リウ太が何になるかは神のみぞ知るです。ですがリウ太の才能を見るとそっち系かなと思うです。

 学者か研究者か…そっちではないかと思うです」


 聞き耳を立てているうちに随分情報が集まってきた。

 惜しむらくは途中で本当に寝落ちしてしまったことだろう。


◇・◇・◇・◇


 翌日からは少し穏やかな日々が流れた。

 危険な場所は立ち入り禁止にされたし、ギールスさんが応援を呼んでくるまで特にやることもないからだ。


 フゼットさんは村の子供や希望者を集めて魔法の講義などをしている。


 魔法というのは呪文が完成していればあとはイメージで使えるというようなことを話していた。

 一流の魔導師というのは古代魔法語を理解してそれを組み替えて呪文を構築できるような人を言うのだが、普通に魔法を使うだけなら単純に呪文を覚えておけば使えるという物でもある。

 まあ、どちらが発展性があるのかといえば考えるまでもないのだが、それでたんに魔法を使うものを『魔法士』魔法語を操れるものを『魔導師』というらしい。


 こういうの田舎ではなあ、なかなかそんなことを学ぶ機会もないからな。


 意外なことに村長の孫であるクラシビアがフゼットさんに食い下がって魔法を教わっていた。

 今までちゃらんぽらんだったのに何に目覚めたのか。

 まあ、夢中になれることが見つかるというのはいいことさ。


 俺はといえばこれがなかなか難儀な日々。

 テンテン姉やフゼット姉(二人とも〝さん〟から〝姉〟に昇格した)に勉強を教わったりしていそがしい日々を過ごしている。


 ここでも叡智さんが活躍し、教わった文字や言葉は一回で記憶、もしくは記録されてしまうのだ。

 地味に叡智さんが活躍している。


 ただ困ったこともある。

 操魔の練習が思うようにできない。

 さすがに五歳児が飛んだり跳ねたり物燃やしたりすると変すぎるので自重中。


 そんな中次第に冬が深まり、俺の誕生月がやってきた。

 誕生日というのはない。日にちまで細かく管理するのが面倒くさいからではないだろうか?

 しかしその代わりに何月生まれというのはある。そしてその月が来ると人は一つ年を取るのだ。

 俺は12月で6歳になった。


 あっ、この世界の一年は12か月なのだ。一か月はきっちり30日。一週間は6日で5週間が一か月。

 そんで一月一日は冬至の日に設定されている。地球ぽく在りつつもわかりやすく整理されている。


 このころになると外はすっかり雪化粧。

 そのせいか応援もなかなか来ない。

 最初は『近くにやばいもんがあるぜー』というんでピリピリしていた村の人だったが最近ではすっかり緩んで日常通り。


 村長一家もテンテン姉たちが俺の家に転がり込んできてから少したるんだみたいで門番の二人も座って煙草をふかしたりしている。

 で、テンテン姉たちが来た時だけしゃきっとするのだ。

 なんというか仕事に対する倫理感みたいなものが全くないな。


 テンテン姉たちもあまりうるさいことは言わなくなった。いっても無駄だと思ったみたいだ。

 連中はその状況で『俺たちは正しかった』とか思っているらしい。神経が太いのか、はたまたバカなのか。下手すりゃ両方か。


 最近の話だが、村の子供達、特に村長の孫が俺のことを意識しているように思われる。

 なので当然のように絡まれる。


「ずるいぞ出来損ない!」


 なにがずるいのか。という以前の出来損ないとか言われても全く心に響かなくなったな。

 ここら辺は余裕ということか。


 クラ君の主張を聞くと俺はフゼットさんたちと暮らしていて、いろいろなことを教わっているはずでそれがずるいということらしい。


「魔法の才能なら俺の方がずっとすごいのに。俺の方がずっと魔法使いなのに。出来損ないのくせに魔法を教わるなんて卑怯だ」


 意味が分からん。流石チビ助。

 しかし俺は魔法概論はきいたが魔法は教わってないぞ。どうせ使えないし。

 それよりいつもへばりついていて放してくれないので回収してくれるのなら大助かりなのだが…


 クラ少年はひとしきり喚くとだっと走っていってしまった。

 つまり彼は本気で魔法のことを考えているのだろうか。であれば子供のありようとして決して悪くない。

 夢中になれるものを見つけられるというのは素晴らしいことだ。


「リウ太、見回りに行くよ」


「えー、お留守番している」


「だーめ、いまピオニーさんもテンテンさまも手が離せないから一緒においで」


 マジか。もう6歳なんだから放っておいてくれていいのに。え? ムリ?

 そうか、6歳じゃ早いか。

 まあ、考えてみれば幼稚園児だからな。


 ということは地球だったら来年は1年生だ。

 ピッカピカの一年生だ。


 まあ、この世界、小学校とかないからどうしようもないのだが…


 あー桜が恋しいなあ…

 そんなことを思いながら空を見上げ雪の積もった道をザックザックと付いていく。

 操魔で雪の上を歩くとかできるんだが…やってはまずいだろうな。うん。


 そんな感じでいたのでこの時の俺は完全に油断していた。

 クラ君が付けてきているのに全く気が付かなかったのだ。

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