第6話 マージェリー女史の懸念  1


 セラフィーナの船長宣言に、セラ付きメイド頭のマージェリー・バークレーはお冠だった。




 己が立場上、ティールームでは能面のように無表情であったが、セラフィーナの私室に入った途端「お嬢様!」と、前触れもなく説教モードへと突入した。




「旦那様のご命令だからとはいえ、軽々しく承諾するだなんて……お嬢様は伯爵令嬢の地位やお立場を何だとお考えなんですか!」




 ひっ詰めているので髪こそ乱していないが、色白の頬を真っ赤にして、それこそ頭から湯気が出そうなほどに激昂していた。


 なまじスタイルがよくメガネをかけた知的美人なだけに、下手な強面の強兵よりも底冷えのする恐ろしいものであった。




「えーっ。でも、お母様も最後には賛成したわよ」


「奥様も奥様です」


 マージェリーにかかればアメリアもにべもない。


 何せセラフィーナ付きとして、十二年もの長きに渡ってボールドウィン家に仕えていたのである。


 幼少期は遊び相手として。その後も身の回りの世話はいうまでもなく、礼儀作法一般から最初期の家庭教師には言うに及ばず、お稽古事の師範までもを担当する。


 ことセラフィーナに関しては、実母とて蔑ろにはできないほどの大仁なのだ。




 そしてマージェリーに言わせればアメリアの対応に不満がある。


「今が一番大事な時だというのに、何故あっさり了承したのか、わたくしには理解しかねます」


「そりゃあ、お家のため」


「それでお嬢様が不幸になられても?」


 あくまでもセラフィーナ第一なのはマージェリーの立場からすれば当然のこと。


「不幸になるなんて大袈裟な」


 と答えたところで「とんでもない!」と頭から全否定される始末。


「先日の社交界デビューを何と心得てられるのやら」


「義務だから出ました」


「淑女のお披露目を、何という不謹慎な面持ちで」


「だって、事実だもん」


 セラフィーナとしたら別に出たくて出た訳ではない。厳密には義務ではないが、そこには社会的不文律―俗にいうところのしがらみが発生する。伯爵令嬢ともなれば建前なんか何のその、半ば義務であるから尚更感だ。


 年頃の女の子として着飾るのは嫌いではないが、社交界のような型にはまったところは窮屈で仕方がない。


 とくにデビューの場など、表向きは先々で恥を掻かないための練習の場といいながら、その実新人娘(息子)の見本市の場だというトンデモ思考(まあ、当たらずとも遠からずだが)の持ち主。夢見る他の貴族令嬢とは根本的にズレている。




 だが、筆頭メイド長は、あくまでも対外的な要素を優先。


「社交界への参加は立派な紳士淑女への第一歩ですよ!」


 目を剥いて「違います!」とばかりに声を張り上げる。


「でも、義務でしょ?」


「まあ、それは否定しませんが」


 おぃ。


 指摘されて「こほん」とわざとらしい咳をし、マージェリーが体勢を立て直す。




「わたくしが申し上げたいのは、社交界デビューした後のお嬢様の評判です」


「評判て。扉に付いているデッカイⅤの字形した、鉄板みたいなヤツ?」


「そうそう。建付けが悪いとギシギシーと嫌な音が鳴って、真ん中の番のところに油を垂らさないとって……それは兆番!」


「そしたら。幼い子供が両親の留守中、お家を守ること?」


「○○ちゃん、お利口さんにしているのよ。お父さんは山に芝刈りに、お母さんは川に洗濯に……て、それはお留守番です!」


「ならば、お隣さんが「今度、××日に廃品回収があるから。△△に寄り合いがあるので」ってお知らせを持ってくる……」


「それは回覧板! そもそも、この時代にはございませんから!」


「だとしたら……」


「例えにムリがありまから、これ以上乗せないでください」


 怒鳴り疲れたのか、荒い息を吐きながらもう一度咳をする。




「噂の伯爵令嬢がデビューしたのです。評判にならない訳がございません」


 メガネをくいっと持ち上げて誇らしげに伝えるが、セラフィーナにしてみたら「え~っ?」と眉唾モノ。


「何か盛ってない?」


 自虐的かつ懐疑的な自己評価に「何を仰いますやら」と反論する。


「超絶美姫の誕生に、同席していた王女までもが霞んで見えた。と、巷では評判ですのよ」


「またまたー」


 からかっているんじゃないの? がセラフィーナの本音だ。




 初めての社交界だからそれなりには着飾っては行ったが、所詮は家格相応の衣装だし、元より社交デビューの令嬢のドレスは「未だ何者にも染まらない」証として白と決められている。


 遵ってデザインの幅に自ずと制約がでて、いきおい差別化はレースやフリル等の装飾品に走る傾向がある。ならば可憐さでは、より家格が高い、侯爵以上の令嬢のほうが麗しいに決まっている。


 が、マージェリーは「何を仰いますやら」と全否定。


「ドレスなんて飾りなんです。偉い人はそれが分かっていないのです」


「どこかで聞いたようなセリフね?」


「詮索しないでください。でも、ドレス如きで優劣が決まるのは、着飾る人の容姿が同列の場合のみです」


 中身に大差があれば、パッケージをどれだけ奢っても意味がないと力説する。


「豚に真珠……は、さすがに言い過ぎでしょうが、お嬢様以外は衣装負けしていたご令嬢ばかりではないですか」


 何気に辛らつなことを言う。


「それが証拠に、どれだけの婚姻申し込みが申し込んだことやら」


 と、マージェリーが求婚をしてきた貴族の名前を、つらつらと列記する。




「マジで……」


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