第3話 晴天の霹靂 2
「以前に話したことがあるだろう? 交易船所有の法を」
スリックランド王国の法律では、外洋を航行できる交易船には必ず1人、所有者直系の血縁者が乗組員として名を連ねなければならない。
理由は諸説あるが、謀反の芽を摘むため、王家が所有船を正確に掌握して監視するためというのがもっぱらの噂である。
「ええ。存じております」
臣下に対する重要な法だけに、当然とばかりにアメリアも頷くが、
「それとセラが船に乗ることに、どういう関係があるのです?」
法は法、娘は娘とばかりに、真意を糾せとエドワードに詰め寄る。
「そもそも交易船所有の法は、多分に形式的な法律ではありませんでしたか? 実際には名簿に名を連ねてさえおけば、良いだけだったはず」
知っているというだけあって、法律を持ち出したところで何ら主張に代わるところはない。
だからどうしたのだと理詰めで反論する。
実際、厳格に運用すれば悪法となりそうな交易船所有の法だが、そこは王家も心得たもので多分に形式的なもの。
名簿に名前さえ載っていれば、お咎めは特にない。
臣下を縛る必要はあるが、縛り過ぎれば経済も回らず、逆に国が立ち行かなくなるのだから当然と言えば当然ともいえる。
「アメリアが言うとおり法としては形式的なんだ。
しかし、形式的だからこそ最低限度の体裁というもの必要で、それで問題が発生しているのだよ」
「と、申しますと?」
「トリートーンの処遇だ」
疲れているのか、心底ぐったりした口調で吐き出す。
「確か、お義父様が船主の名義で所有されていましたね?」
弔問客から出ていた言葉を思い出し「そういえば」とアメリアが問い返す。
「そうだ。先日、父が逝去したのに伴い、所有権を誰かに相続させねばならない」
なるほど、そういうことか。
「それを、わたしに?」
理由が読めたと得心するセラフィーナに「貴女は黙っていなさい」とアメリアが一喝する。
当然勝てる相手ではなく、素直に「はい」と頷くしかない。
聞き分けの良いセラフィーナに満足したのか、アメリアが「よろしい」と褒めると、改めてエドワードに向き直った。
「理由は分かりますが、それが何故セラなのです? あなたが相続すれば良いだけでしょう」
「それができれば、とっくにしている」
苦々しげにエドワードが吐き捨てる。
「あなたが相続するのに、何か問題があるとでも?」
理由が分からないと、アメリアが首を傾げる。
「要は義父様の名義をあなたに書き換えるだけでしょう? そこに何の問題がございます?」
「問題があるから悩んでいるんだよ」
と、あらかじめ用意していたのか、法書を開き「ほら、この部分だ」と該当の条文を指差す。
「条文の中に個人による複数船所有禁止が謳われているんだ」
読みほどくと、なるほど一人で複数の船を所有するのは禁止だと記されている。
「ホントだ。でも、どうして?」
付帯事項を詳しく見ると、禁止されているのは大型の船舶のみで、渡河用みたいな小型船舶は規制の対象外。
まるで狙ったような注釈に、セラフィーナは疑問を感じた。
「まあ諸説いろいろあるんだが、王家への謀反防止のため、枷を設けることで必要以上に船を持たせないというのが真相らしい」
「何、それ? わたしたちが王国に楯突くとでも思っているの?」
「全くもってバカバカしい法律ですわね」
セラフィーナとアメリアが口々に感想を述べる。
「今、そんなことを企てる奴は愚か者の極みだが、王国建国時はまだ王家の力も磐石じゃなかったからな。隙あらば反旗をということもあったらしい」
今となっては悪法だが、法は法だということらしい。
「私は既にテスターカルテットの所有者となっている。だから、トリートーンの名義は、子供たちに継いでもらわねばならないのだ」
あれ? それ、おかしくない?
明らかな矛盾にセラフィーナが首を捻る。
「それだったら、別にわたしが相続しなくとも、お母様の名義でも良いのでは?」
娘の指摘に憤慨するでもなく「そうもいかんのだよ」とエドワードが困った顔を続ける。
「その法律には補足事項があってだな、相続は直系の家族に限られるんだ」
「また、どうして?」
当然の疑問に「それはだな」とエドワードが噛んで含むように説明する。
「一人一隻の制限とはいえ、養子でも取れば人数は無制限に膨れ上がる。それでは法が有名無実になってしまう。
その抜け穴を防ぐためなんだが、嫁いできたアメリアもその枠内に入るから、直系とはみなされない」
「ひどい! 実のお母様なのに!」
貶められたようで憤るセラフィーナを「およしなさい」とアメリアが嗜める。
「お父様は法律の話をされているのです。わたしを貶めているわけではありません」
「そうだぞ、セラ。この私がアメリアを貶めるなど、太陽が西から昇るほどにあり得ない」
アメリアの指摘にここぞとばかりにエドワードが乗っかる。
「まあ、あなたったら」
「当然のことじゃないか。こんな聡明で美しい妻を娶った私は、三国一の果報者だよ」
「わたくし、40過ぎのオバサンですのよ」
「何を言う。歳とともに美しさにますます磨きがかかってきたではないか」
「もう、あなたったら。お口がお上手」
「私は正直者だよ」
力説するエドワードに鋭利なビジネスマンの風貌は微塵もなく、アメリアもまた満更ではない雰囲気。
叱責を口実にした単なる惚気にしか聞こえないのは気のせいではないだろう。
夫婦仲が良いことは娘として歓迎だが、時と場所を考えて欲しい。
「お父様! お母様!」
両手でテーブルを叩き、桃色空間を強制終了させる。
「それは、また別の場所でお願いします」
脱線した二人を軌道修正すると、再び「今問題なのは交易船の名義ですよね」と本題に戻す。
「そうだった」
エドワードも慌てて軌道修正し、仕事モードへと表情を戻した。
「トリートーンは、我がボールドウィン家が代々受け継いできた由緒ある船なんだ。どんなことがあろうとも手放すことは許されない」
現在のボールドウィン商会の主力船は、大型で積載力の勝るテスターカルテットである。
トリートーンは船足こそ長じるが、積載量は遠く及ばず、古いだけに人出もかかり、運用コストは言わずもがなである。
しかし、ボールドウィン家が伯爵位を賜り維持する原動力となった重要な船である、価値いう点では勝るとも劣らない。
「直系の名義だけでよいのなら、セラフィーナにテスターカルテットの名義を譲って、あなたがトリートーンを相続したら如何です?」
代替案を提示しようとするアメリアを「それができれば悩みはしない」と、皆まで言う前にエドワードが待ったをかける。
「法の尊守だけならアメリアが思う通りで問題ない。だが、トリートーンに限ってはもう一つ、実に大きな問題があるのだよ」
「問題って、何?」
自分に係わる問題だけに、当然のことながらセラフィーナが尋ねる。
「あの船は、ボールドウィン家の船であって、ボールドウィン家の船ではないのだよ」
「はい?」
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