第2話 晴天の霹靂 1
ウイリアムの逝去から数日後……
爆弾は突然に投下された。
「本当ですか? お父様!」
午後のお茶の時間。
本来漂う優雅な雰囲気もなんのその。
手にしたカップを放り投げそうな勢いで、セラフィーナ・ボールドウィンが、父のエドワードに問い返す。
事実椅子から腰を上げ、半身を乗り出して訊く様は、およそ伯爵令嬢からかけ離れた痴態。
当然のごとく母のアメリアから「はしたない」と叱責を受けたが、セラフィーナにしたらそれどころではない。
何せ聞いた内容が内容なのだ、訊き返さずにはいられない。
「嘘偽りのない事実だ」
間違いないとエドワードが重々しく頷くと、突然の報に動揺するかのごとく両手を頬に当てて、肩をわなわなと小刻み揺らすが、そんなものはポーズに過ぎない。
それが証拠に目尻はこれでもかというくらいにヤニ下がり、それとは反対に頬は両手で抑えても、歓喜にピクピクと持ち上がろうとしている。
「わたしが、交易船に乗るだなんて……」
信じられないにも程がある。
交易船とは国外と交易を行うための船の総称である。
国境の大河を渡河に使うような小型の河舟もあるが、一般には外洋航海用の大型帆船のことを指し、大きいものになると全長が200メートル近くに達するもある。
たいてい数週間から数ヶ月の日数をかけて大陸沿岸を寄航しながら、或いは外洋を渡り、茶葉・羊毛・工業製品などを運ぶ。
御多分に漏れず、エドワードが率いるボールドウィン商会も、この交易船貿易を生業にしていた。
それはさておき。
「本当に……本当に……」
「あり得ませんわ!」
と、壊れたオルゴールのように同じセリフを繰り返すセラフィーナに代わって、アメリアがばっさりと斬り捨てる。
「どこの世界に社交界にデビューしたばかりの娘を、クルーとして船に乗せる父親がいますの? 冗談も程々になさってください!」
普段の鷹揚さとは凡そかけ離れた荒々しい口調で、夫であるエドワードを詰る。
40歳を過ぎてなお美貌を保ち、社交界から〝永遠の白百合〟などと呼ばれているアメリアだが、今の彼女からはそんな様相など微塵も感じられない。
なまじ見目が整っているだけに、むしろ鬼神といったほうが相応しいだろうか。
「冗談でこんなことを、私が言うと思うか?」
「なら、余計に性質が悪いではありませんか!」
エドワードの反論は逆に火に油を注いだ格好。舌鋒に勢いが加わり、ますます旗色が悪くなった。
「私はあなたを節度ある常識人と信じておりましたわ。それがこんな荒唐無稽な戯言を仰るなんて」
「いや、だから。これには深い訳があってだな」
と言っても怒りのボルテージは収まらない。
「聞く耳もちません!」
と、この有様。
「事と次第によっては、いかに当主といえども……」
物騒な剣幕で迫るアメリアに「まて! 話せば分かる!」と、エドワードが当主の威厳もなく後ずさる。
いつもは冷徹なビジネスマンを漂わす鋭利な風貌なのだが、アメリアの剣幕に押されて防戦一方。
完全なヘタレ扱いである。
あまりの情けなさに「お父様、ガンバって」と声をかけたくなるほど。
「ちゃんと理由があるんだ。今から順番に説明するから」
「聞きましょう」
改めて座り直し、聞く姿勢になる。
「セラもちゃんと聞いておきなさい。オマエのことでもあるのだから」
言った途端「あなた!」と強い叱責。
どうやらセラフィーナ「も」が気に障ったらしい。
「だから、アメリアにも、ちゃんと説明するから」
慌てて取り繕うと「まあ、良いでしょう」と、いちおうは落ち着いた表情に戻っているが、いつまた爆発するか分かったものじゃない。
エドワードが噴き出す汗を拭きつつ恐る恐る「実はな」と事に至った経緯を話し始めた。
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