第26話 悪役令嬢は決心するようです
「ところで子爵様。
実は昨日、メリア様が学園をお休みになられたというお話を耳にしたのですが、お加減が優れないのでしょうか」
少し思考がそれてしまっていたが、今日の本題はこれだ。
もちろん、グストン商会の仕事も大切ではあるが、それよりもメリアだ。
どうしてメリアがレイネスと婚約するという話になってしまったのか。
そのことをメリア本人に確認しなくては。
アレスティア子爵はわずかに悩むそぶりを見せたが、アリシアの瞳を見て心が決まったのだろう。
自慢の髭を撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
「お嬢ちゃんももう知っているじゃろ。
メリアがレイネス殿下と婚約をしたという話を」
「はい。
メリア様からそのようなお話は伺っていなかったので、新聞を見たときは非常に驚きました」
質問を質問で返されてしまった形だが、まさにアリシアが今知りたいことであるので、素直に答える。
「儂も驚いたよ。
メリアが殿下と婚約を結ぶなんて話は聞いていなかったからのう」
「そうなのですか!?」
アレスティア子爵の発言に、アリシアは目をむいた。
それはそうだろう。
メリアはアレスティア子爵の家に迎え入れられた養女だ。
それはつまり、血のつながりはなくとも、二人は親子であるということである。
貴族にとって結婚は、それぞれの家を発展させるための道具に過ぎない。
ボルグ王国における最高位である王家ならなおのことだろう。
そんな王家の中でも第一王子という、国の未来を担うであろう存在との婚約。
その事実を、婚約者だとされている相手の親が認知していないという。
そんなこと、少なくともこの国の貴族社会ではありえない。
「嬢ちゃんには申し訳ないが、メリアが殿下から目をかけられえていたことは、儂も把握しておる。
時々、メリアが王城へと招かれておったからのう。
じゃから、殿下とメリアの間になにか話が持ち上がるかもしれない、くらいのことは考えておった。
じゃが、それは精々側室へと迎えられる程度の妄想で、決して婚約などという大それたものじゃあない。
儂は知っての通り、ただの子爵に過ぎない。
そんな家の娘、それも元孤児である養女と第一王子では、あまりに身分が離れすぎておる」
アレスティア子爵は一度言葉を止めて紅茶で口を湿らせると、続きを話し始めた。
「一昨日のことじゃった。
メリアが殿下に招かれて王城へと向かったのじゃ。
これまでにも何度かあったことじゃから、儂も深く考えずに送り出した。
じゃがそれから、メリアは帰ってきておらん」
「帰ってきていない?
今、このお屋敷にメリア様はいらっしゃらないのですか?」
「ああ。
儂も心配で王城に問い合わせたんじゃが、向こうの返事はしばらくメリアを王城で生活させるというものじゃった。
事情が分からないまま夜が明けた昨日、新聞で殿下とメリアが婚約したと知って仰天したわい。
儂はそんな話一度たりとも聞いておらん。
きっと、それはメリアも同じじゃろう。
あの子は良い子じゃからな。
殿下と婚約したなんて大事を、儂に話さないわけがない。
それに、王城から正式な発表がないのも気になる。
いったい何が起こっているのやら……」
メリアのことが心配なのだろう。
アレスティア子爵の言葉には、どこか力がない。
それにしても、まさかメリアがアレスティア子爵家にいないとは。
ただ学園をやすんだわけではないとは思っていたが、王城から帰ってこないというのは予想していなかった。
いったいなぜ帰ってこないのか。
いや、もしかしたら帰ってくることができないのではないだろうか。
裏で糸を引いているのは、ほぼ間違いなくレイネスだ。
王城でこれほど自由な振る舞いができる者の数など、たかが知れている。
そして、その中でメリアに執着しているのはレイネスだけだろう。
いったいなぜメリアを王城から出さないのか。
メリアにご執心なレイネスのことなので、メリアに危害を加えるようなことはないとは思うが、愛欲におぼれた人間は何をするかわからない。
今のレイネスは明らかに冷静ではない。
「マジラプ」の攻略キャラであった、ぶっきらぼうだが優しいレイネスならば、こんなことはしない。
メリアだけではなかったのだ。
今ならレイネスもゲームのキャラではなく、一人の人間だとはっきりとわかる。
メリアがレイネスと結ばれることに対して不安を抱いていたように、レイネスもまた抱えているものがあるのだろう。
そして、それが今、溢れ出そうとしている。
ないとは思うが、メリアが手に入らないということを悟ったレイネスが、自分のものにならないのならば、とメリアを殺めてしまうようなことになったら目も当てられない。
至急に対処しなければ。
メリアは当然だが、レイネスも救い出す。
レイネスがおかしくなったのは、もしかしたらアリシアのせいかもしれない。
アリシアがゲーム通りにメリアをいじめていたら。
世界の流れに逆らうようなことをしなければ、レイネスはこんなことをせずともメリアと結ばれる運命にあったのだろう。
自分のこれまでの振る舞いに後悔はない。
メリアのことを愛しているし、そこを曲げるつもりは微塵もない。
だが、だからといって他のことがどうでもいいというわけではない。
誰でも彼でも目についた者は救いたい、と思えるほど善人ではないが、それでも自分の周りにいる者にくらいは手を差し伸べたい。
レイネスは数少ない、メリアの魅力を語り合える同志候補だ。
その同志が今、心の闇にのまれようとしている。
レイネスに手を差し出すことは、きっと残酷なことなのだろう。
だが、今の姿が健全であるとは思えない。
このまま闇にのまれてしまったら、きっと取り返しのつかないことになる。
そんな予感がする。
アリシアは机の下で静かに拳を握った。
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