第24話 悪役令嬢は後手に回るようです
その日、ボルグ王国の大手新聞社から発行された一つの記事が、国民に衝撃をもたらした。
『レイネス第一王子の新たな婚約者
未来の女王、メリア・アレスティア子爵令嬢に迫る』
そう銘打たれた記事は、簡単にいえば、メリアに対する美辞麗句を書き連ねたものだった。
メリアがいかに素晴らしい女性か。
そのことに焦点を置きつつ、女王に相応しい点、レイネスとの相性など、メリアという人物について事細かに言及されていた。
本来であれば、王子の婚約者という重要な人物についての発表は、国からされるべきことである。
しかし、国から一切の発表がない中で発行された記事の内容は、大手新聞社から出されたものということもあってか、瞬く間に国民の間に広まっていった。
そしてその記事は、いつもの様に朝食を摂りながら新聞を読んでいたアリシアの目にも留まった。
レイネスとメリアの婚約。
あまりに衝撃的な内容に、アリシアは目を見開いた。
寝耳に水とはまさにこのことだろう。
営業という名目で学園にいるメリアに会いに行ったり、休日にメリアを家に招待したり、平民となった後もメリアとの交流は続いていた。
つい先日も会って話をしたばかりだ。
その時のメリアには、とくに変わった様子もなく、いつもの温かな笑みを浮かべていた。
とてもレイネスとの婚約発表を控えているようにはみえなかった。
ぼんやりと感じる違和感。
「マジラプ」ではメリアは主人公であり、攻略対象であるレイネスと結ばれるとしても、なんらおかしいことはない。
だが、それはゲームの話だ。
この世界で生きるメリアは、レイネスと結婚し、女王となることについて悩んでいた。
結ばれてハッピーエンドでは終わらない。
この世界には、その続きがあるのだから。
そんなメリアの心の内を聞いてから、まだ半年も経っていない。
果たして、その短期間でレイネスとの婚約を受け入れられるだろうか。
それに、アリシアに一言も相談がない、というのがどうにも腑に落ちない。
一度告白を断られた関係であるとはいえ、友人としてのメリアとの関係は良好だと自負している。
もちろん、いくら仲がいいからといって、アリシアに話したくないことくらい、メリアにもあるだろう。
だが、ことレイネスとの婚約に関しては、隠すとは思えない。
それは、アリシアが数少ないメリアの理解者であるからだ。
レイネスの元婚約者と、レイネスが思いを寄せている者。
普通なら、決して交わることのない二人は、だからこそ理解者足りえた。
メリアの抱える女王への不安に、アリシアほど寄り添える者はいないだろう。
(メリアに直接確かめないと!)
もし仮に、メリアが心からレイネスとの婚約を望んでいるのなら、血涙を流しながら二人を祝福しよう。
アリシアにとって一番大切なことは、メリアの幸せだ。
自分がメリアの幸せを邪魔する立場になってしまっては、元も子もない。
その場合は、大人しくメリア付きのメイドになれるよう、人生設計を修正しようと思う。
だが、もし心の一片でもメリアがこの婚約を望んでいないのなら、その時は何としてでも阻止しなくてはならない。
今日は、メリアは学園にいるはずだ。
今すぐにでも学園に突撃したいところだが、残念なことに今日は営業の仕事がない。
正当な理由なく入れてもらえるほど、学園の警備は甘くはない。
下手に押し通りでもすれば、犯罪者として捕らわれかねないだろう。
ここは我慢だ。
ひとまず、学園が終わったら来るだろうロバートから、話を聞かなくては。
はやる気持ちを抑えながら、アリシアは職場へと向かった。
◇
「えっ、メリアさんは学園に来ていないのですか!?」
夕方になり、魔道具開発課を訪れたロバートから聞かされたのは、想定外の内容だった。
メリアが学園に来ていないらしい。
それだけではない。
どうやら、レイネスまで学園を休んでいるという。
レイネスは王族であり、公務等で学園を休むのも珍しくはない。
メリアだって学園を休むことくらいあるだろう。
だが、婚約報道がなされたタイミングで二人同時に学園を休むことなど、ありえるだろうか。
これを偶然と片付けてしまうのは、あまりにもタイミングがよすぎる。
「私も今朝の新聞を読んだときは、驚きましたよ。
まさかこの短期間で、殿下が新たな婚約者を発表するとは思いませんでしたから」
ロバートは、本心から驚いているようだった。
国の王子が婚約破棄から一年とおかずに次の婚約を発表したのだ。
驚くのも当然だろう。
「しかもそれがメリア様とは。
確かにメリア様は、成績がよく、魔法にも秀でていて、器量のいい方ですから、殿下の目に留まるのも理解できますが。
……あっ、いや、アリシアさんがメリア様に劣っているとかそういう話ではなくて!」
己の失言に気がついたのだろう。
レイネスの元婚約者に対して話す内容としては、いささか配慮に欠ける発言ではある。
だが、一生懸命に取り繕おうとしているその様子を見るだけでも、悪意あっての発言でないことはよくわかる。
アリシアは苦笑を漏らした。
「メリアさんが素晴らしい女性であることは事実ですから」
ロバートとメリアは面識こそあるものの、それほど親しい仲というわけではない。
精々アリシアを挟んだ、友達の友達といったところだろう。
それは、「マジラプ」における攻略対象であるロバートをメリアに近づけないよう、アリシアがふるまっていたというのも理由のひとつとしてあるはずだ。
(そんなかかわりの薄いロバートからも、高い評価を受けているなんて。
さすがメリアね!)
メリアが誰かに褒められるのは、アリシアとしても非常に嬉しい。
ぜひともメリアの魅力について語り明かしたいところだが、そんな場合ではないのでぐっとこらえる。
「いくらメリアさんが魅力的な女性だとしても、思いを寄せては駄目ですよ」
アリシアはたしなめるように言った。
これは攻略キャラであるロバートに対する牽制だ。
メリアと結ばれるのはアリシアである。
不覚にもメリアがレイネスとの婚約という事態に陥っている現状で、これ以上攻略キャラたちをメリアに近づけさせるわけにはいかない。
「まさか!
殿下の婚約者に思いを寄せるなんて、そんな恐ろしいことできませんよ。
それに私は……」
ロバートはなにやら言いよどんでしまったが、本人の口からメリアに対して思いを寄せていないという旨の言葉を引き出せたのは大きい。
メリアへの賛辞を聞いたときは、内心身構えてしまったが、どうやら杞憂らしい。
油断するつもりはないが、ひとまずは放置で大丈夫だろう。
それよりもメリアのことだ。
学園を休んだとなると、アレスティア子爵家にいるのだろうか。
そういえば明日、アレスティア子爵家へと新しい魔道具の紹介をしに行く予定があったことを思い出す。
屋敷にいるのなら、メリアに会うことができるかもしれない。
仮に会うことが無理でも、メリアの所在くらいは確認できるはずだ。
どうにも嫌な予感がする。
そして、こういった予感というものは当たるのだと、アリシアは知ることになる。
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