第15話 悪役令嬢は髪を乾かしてもらうようです
「オーブントースターの件では、ありがとうございました」
「いえ、グストン商会としても儲けさせていただいておりますので。
それで今日はどういったご用件でしょうか?」
「新商品の売り込みです」
「新商品ですか」
ロバートの目付きが変わった。
(いい目ね)
ビジネスパートナーとして頼もしい限りだ。
「今回の商品は、ドライヤーというものです」
アリシアはドライヤーの仕組みやメリット、デメリットについて説明した。
ロバートも女性の美への執念は理解しているのであろう。
オーブントースターの時よりも、前のめりで耳を傾けている。
「試しに使ってみましょうか。
私が被験者になりますので、実際に使用してみてください」
「えっ……」
驚くロバートを尻目に、アリシアは水魔法で小さな水球を作ると、自らの髪を濡らした。
大胆な使い方であるにも関わらず、サロンの床には雫の一滴すら落ちていない。
アリシアの魔法制御能力の高さがうかがえるが、その事に気がつく余裕はロバートにはなかった。
「ア、アリシア様!?
いったい何を!?」
「ですから、試していただこうかと。
もちろん、事前に安全確認は行っていますが、それでもいきなりロバートさんの髪に使っていただくわけにはいかないですし。
ああ、もし私の髪に触れることに抵抗があるようでしたら、他の方法を……」
「大丈夫です!
よろしくお願いします!」
言葉を遮るようにロバートが返事をする。
(よほど早くドライヤーを使ってみたいのね)
そこまで積極的に協力してくれると、アリシアとしても嬉しいものだ。
アリシアは、あらかじめ用意してあったドライヤーの試作品とタオルをロバートへと手渡した。
「では使ってみましょうか。
まずは、ドライヤーを使う前に、タオルで余分な水気を取ります。
ではやってみてください」
「は、はい。
失礼します」
ロバートは割れ物でも扱うかのように、優しくアリシアの髪を拭き始めた。
「……そうです。
ごしごし擦ったりはせず、髪を優しく挟んで、タオルに押し付けるように水気を取るのがポイントですよ」
「なるほど」
ロバートは、素直にアリシアのアドバイスに従う。
ロバートくらいの髪の長さだと、こういった拭き方には馴染みがないのだろう。
まだ、ドライヤーを使ってすらいないというのに、やけに真剣な雰囲気を醸し出している。
「ある程度水気が取れたら、次はドライヤーです。
強温風でドライヤーを軽く振りながら風を当ててください」
「……こうでしょうか?」
フゥーと温かい風が髪を撫でる。
「そうですね。
一ヶ所に当て続けると髪が痛んでしまうので、熱を分散させるようにしてくださいね。
乾きにくい根元や、えり足などから乾かしていくといいですよ」
「わかりました」
ロバートはしっとりとしたアリシアの髪を持ち上げ、根元からまんべんなく風を当てていく。
「八割くらい乾いたら、弱温風に切り替えます。
前髪や全体の仕上げですね。
髪を下方向に引っ張りながら乾かすと、毛の流れが整いますよ」
優しい風が髪を揺らす。
(こうして誰かに髪を乾かしてもらうのも、いいものね)
アリシアも公爵令嬢として、使用人から身の回りの世話をしてもらうことはある。
だが、当然ながら、世に出ていないドライヤーで乾かしてもらったことなど一度もない。
前世でも、幼かった時にやってもらったくらいだろう。
そう考えると、なんだか新鮮な気がしてくる。
(いずれメリアと髪を乾かしあったりしてみたいわね……)
髪を乾かしあう。
つまり、二人で入浴をするということだ。
アリシアはその光景を脳裏に描くと、口角を緩めた。
「アリシア様?
いかがしましたか?」
ロバートの声に、ハッと我に返る。
「い、いえ、何でもないですよ。
では最後に、冷風に切り替えます。
冷風を当てることで髪に残った熱を逃がし、余熱による乾かしすぎを抑えることができます。
髪の艶出し効果もありますよ」
熱せられていた髪が、涼しい風で冷やされていく。
髪を濡らしただけで、風呂上がりというわけではないが、なんだかさっぱりとした気分だ。
黙々とアリシアの髪を乾かしていたロバートだったが、一通り乾かし終わるとドライヤーを止め、静かに呟いた。
「……アリシア様はすごいですね。
短期間に画期的な魔道具を二つも製作なさっただけではなく、その使い方までよく研究されている」
純粋な称賛の色を瞳に称え、まっすぐアリシアを見つめるロバートの姿に、アリシアは思わずたじろいだ。
「そ、そんなことはないですよ。
たまたま思いついただけです」
「それでもすごいです!」
キラキラとした瞳が眩しい。
アリシアからしたら、前世の記憶にあるものを拝借しているだけなのだ。
仕方のないことだとはいえ、過剰な評価を受けるのは、どうにも落ち着かない。
「それで、ロバートさんからみて、ドライヤーはいかがですか?
需要はあるでしょうか」
「あると思います。
とくに貴族の女性はこぞって手に入れようとするでしょう」
「ロバートさんもそう思いますか」
「はい。
グストン商会では化粧品の類いも扱っていますが、やはり美容品というのは、一定の売り上げをみせています。
ドライヤーも、使用することによるメリット、使用しないことによるデメリット等を宣伝すれば、まず間違いなく売れるはずです」
大商会の跡継ぎの言葉を聞いて一安心する。
アリシアの売れ筋予想は、どうやら外れてなさそうだ。
「それに、髪を気にかけるのは、女性だけではありませんよ」
「ええっと、もちろん男性でも髪にこだわりのある方はいらっしゃると思いますが」
「いいえ、そうではありません」
「どういうことですか?」
「男性が気にするのは、抜け毛のほうですよ」
「なるほど」
確かに、抜け毛によって薄くなった頭を気にする男性は多いだろう。
ドライヤーは一見すると、風で髪を吹き飛ばしてしまいそうな、抜け毛の天敵のように見える。
だが、正しく使用さえすれば、自然乾燥よりよっぽど頭皮の状態を、髪の抜けにくい、良好な環境に保つことができる。
男性の抜け毛といえば、国王の話は有名だ。
ボルグ王国の国王である、ユリウス・ボルグ王が抜け毛に悩まされているということは、貴族の間では公然の秘密である。
……ボルグ王が抜け毛に悩まされているということは、その息子であるレイネスも将来悩むことになるのだろうか。
もしそうなら、レイネスにドライヤーを売りつけるのも悪くないかもしれない。
それはさておき、オーブントースターとドライヤーの売り上げがあれば、平民に落とされてもしばらくは暮らしていけるだろう。
メリアと一緒にいられるのなら、生活環境などどちらでもいいことではある。
だが、平民としてつつましく暮らしながら、互いの髪を乾かしあうような、ささいな交流を積み重ねていくというのも、なかなかに捨てがたいシチュエーションだ。
アリシアは乾かしてもらった髪を撫でながら、そう思った。
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