第11話 悪役令嬢は王子に宣戦布告をするようです

「うがーーーーっ!」


 アリシアは自室のベッドで悶えていた。

 枕に顔を突っ込み、足をバタバタとしながら布団を蹴る。

 どこをどう見ても、普段の優美な公爵令嬢の面影はなかった。


(つい雰囲気に流されて告白してしまったけれど、もっとこう、いろいろあったでしょうに!)


 思い出すのは、つい数時間前の告白劇。

 メリアと真剣に向き合おうとしたが故の行動だったが、思い返すとあまりにも恥ずかしい。


(やっぱり告白はいくらなんでも早すぎよ!

 メリアも逃げていってしまったし)


 あのあと、長い沈黙に終わりを告げるように、夕刻の鐘が鳴った。

 その音を聞いた途端、我に返ったのか、沈黙していたメリアが逃げ出すようにサロンを出ていってしまったのだ。


(さすがにメリアも引いたわよね……。

 突然の告白、それも同姓からだもの。

 当然の反応だわ)


 だがまあ、反省はしているが、後悔はしていない。

 アリシアとして生きていくことに、改めて覚悟を決めることができた。

 もう間違えたりはしない。

 虚像ではなく、ありのままのメリアを見つめるのだ。


「よし、うじうじするのは終了!

 まずは今日下がった信頼を取り戻すところからね」


 顔を上げると、拳を握りしめた。


 ◇


「メリアさん、おはようございます」


 教室へ入ってきたメリアへ挨拶をする。

 最近のメリアなら、天使の笑みを浮かべて返事をしてくれるのだが。


「っ!

 お、おはようございます」


 早口でそれだけいうと、メリアは顔を赤くしながらそそくさと自分の席へと向かってしまった。

 やはり、昨日の今日ではいつも通りとはいかないようだ。


 それからというもの、アリシアは時間を見つけてはメリアへ声をかけ続けたのだが、その度に逃げられてしまうような日々が一週間ほど続いた。


 メリアに対する無限の愛を持っているアリシアだが、だからこそ逃げられ続ける日々というのは、精神的ダメージが大きい……と思ったが、これはこれで楽しい。

 メリアに意識されていると思うと、なんだかぞくぞくする。


 メリアに嫌われてしまうかもしれないが、それでもやめるわけにはいかない。

 ここで距離を空けてしまっては、以前の関係に戻ってしまう。


 放課後、めげずにさようならの挨拶をしようと席を立とうとしたその時だった。


「アリシア、話がある。

 ついてこい」


 突然、レイネスに声をかけられた。

 アリシアが戸惑っている間にも、レイネスは教室を出ていこうとしている。


 心情としては、レイネスの用事よりもメリアに挨拶をしたいところなのだが、さすがにそういうわけにもいかない。


 ふと視線を向けると、不安そうにしているメリアの姿が目に入る。

 おそらく、レイネスの誕生日パーティーの日のことでも思い出しているのだろう。


 アリシアはメリアに向けて優しく微笑むと、レイネスのあとを追った。


 ◇


 たどり着いたのは、アリシアがよく利用するサロンの一つだった。

 レイネスに続いて部屋へ入り、向かいの席に腰を下ろす。


「レイネス殿下、どのようなご用件でしょうか?」


 レイネスの睨み付けてくる視線になど気がつかないとでもいうように、落ち着いた声で話を促す。


「わからないわけがなかろう。

 メリアについてだ」


「メリアさんについてですか?」


「最近の貴様はなんだ。

 嫌がるメリアに何度も、何度も言い寄って。

 いい加減にしないか!」


「メリアさんは嫌がっているのですか?」


「いつも貴様から逃げているではないか!

 嫌がっているに決まっている!」


 レイネスの怒声がサロンに響く。


 こうして異性に怒鳴られても平然としていられるのは、貴族教育の賜物か、それともアリシアの肝が座っているからか。

 そんなどうでもいいことを考える。


「では、メリアさんから止めるようお願いされたわけではないのですね」


「メリアは優しいから、貴様にも気を使っているのだろう。

 だから、私がこうして忠告してやっているんだ」


(メリアから頼まれたわけではないのね)


 レイネスのいう通り、メリアの性格ならば、こういうことで誰かに頼ったりはしないかもしれない。

 だが、メリアに直接拒否されたのでないのならば、止まるわけにはいかない。


「なるほど。

 殿下のお心遣い、感謝致します。

 ですが、私は今の振る舞いを止めるつもりはありません」


「なんだと?」


 レイネスの視線が鋭くなる。


「殿下、一つ確認しておきたいことがございます。

 殿下のお心は今、どなたにあるのですか?」


「なぜそのようなことを尋ねる?」


「どうかお答えください。

 それとも、こうお尋ねした方がよろしいでしょうか。

 殿下はメリアさんのことが好きなのですか?」


「なっ!

 どうして、貴様にそのようなことを答えねばならぬ!」


「どうしてもお答えいただくことはできないのですか」


「当たり前だ!

 下らぬ質問をしおって」


 レイネスは苛立たしげに脚を揺すりながら吐き捨てた。


(そうか、下らない質問か。

 レイネスは、メリアへの感情を下らない、の一言で片付けるのか……)


 ドロリとした、重く熱い感情が沸き上がってくるのを感じる。

 溢れ出そうになるそれを、どうにか抑え込み、アリシアは毅然と告げた。


「では、代わりに私がお答えしましょう。

 私はメリアさんを愛しています」


 レイネスの目が見開かれる。


「きっ、貴様はいったい何をいっているのだ!?」


「メリアさんを愛しているといっているのです」


「女である貴様が、メリアを愛しているだと?

 はっ、私に婚約破棄をされて気でも狂ったか。

 下らぬ妄言を吐きおって」


「妄言などではありません!

 私はメリアさんを心から愛しております。

 この感情に、貴賤などあるはずがありません。

 まして、下らないなどということは決してない!」


 あまりの剣幕に、レイネスがたじろぐ。


「……私は私の気持ちに従い、これからも行動いたします。

 殿下がメリアさんのことをどうお思いになろうと殿下の自由ですが、私が誰よりもメリアさんを愛しているということだけは、お伝えしておきます」


 アリシアは席を立ち、一礼すると扉へ歩を進めた。


「……私がメリアを愛しているといったらどうする?」


 背中に問いかけられたアリシアは足を止めると、ゆっくりと振り返り、微笑んだ。


「なにもいたしません。

 もっとも、愛を口にすることすら躊躇うような方に譲る席などありませんが」


 再度礼をすると、アリシアはサロンを後にした。


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