第10話 悪役令嬢は愛を伝えるようです

 あれから、ロバートと二人でオーブントースター販売に向けての話を詰めた。

 とりあえずの方針としては、グストン商会の伝手を使ってオーブントースターの試作品を作って貰うことになった。

 一方アリシアの仕事は、オーブントースターでできる料理のレシピをまとめることだ。

 やはり、オーブントースターを売る上で、何が調理できるかは、重要なアピールポイントになるはずである。


 それはそうと、今日は大切な第二回目のメリアとのお茶会の日である。


 資金集めも勿論大切ではあるが、それ以上にメリアのハートを射止めることの方がなにより重要だ。

 資金調達ならば、違う方法を模索すればいいが、メリアがいなければなにも始まらない。


 毎日、メリアへのアプローチは欠かさず行っている。

 だが、必ずレイネスに邪魔をされるため、あまり長時間会話が続いたことがない。

 それでも日々の積み重ねのお陰か、またお茶会をしようと誘ったところ、二つ返事で了承が貰えた。

 着実にメリアとの仲が縮まっているという事実が嬉しい。


「アリシア様、何かいいことでもありましたか?」


「まあ。

 顔に出ていたかしら」


「はい。

 すごく幸せそうに微笑んでいらっしゃいました」


 カップから立ち上る湯気越しに、メリアの柔らかな笑みが見える。


(だって今日もメリアが尊いんですもの!

 その笑みは私に向けているのよね!?

 そうよね!?

 ひゃーーっ!)


「そうね、確かにいいことがあったわ。

 こうしてまたメリアさんとお茶会を開くことができたんですもの」


「私の方こそ、アリシア様とお話しできて楽しいです」


 優しく微笑んだメリアだったが、しかしながら途端に表情を曇らせた。


「……普段のアリシア様は厳格で、凛としていて。

 成り行きで貴族になった私なんかと違って、振る舞いが洗練されているといいますか。

 ああ、本物の貴族ってこういう方のことをいうんだな、って思っていました。

 この方が将来王妃となって、国王となるレイネス殿下を支えていくんだなって。

 今思えば、私はアリシア様に憧れていたのかもしれません」


「実際はおしゃべりで、使用人のように料理をすることが好きだと知って、幻滅したかしら?」


 からかうようなアリシアの言葉に、メリアは少しむくれた表情をした。


「そんなことはありません!

 始めてお茶会に招待していただいたときは、どうして私なんかを、とは思いました。

 ですが、こうしてお話しをしてみると、とても話しやすくて」


 メリアはカップに視線を落としながら、言葉を続ける。


「……数年前まで平民だった私には、貴族の方々との会話は気を遣って疲れてしまうだけのものでした。

 正直、あまり楽しいと感じることもなかったように思います。

 ですが、アリシア様とお話しをしてみて、初めは緊張しましたが、段々会話に夢中になっていく自分がいました。

 誰かと話していて、こんなに楽しいと思えたのはすごく久しぶりな気がします。

 だからこそ……。

 アリシア様のことを知れば知るほど、私は何てことを……。

 っ……、私が貴族としてしっかりしていれば、アリシア様が婚約破棄などされることもなかったのに……っ!」


 吐き出すように、メリアが言葉を紡ぐ。


「あれはメリアさんのせいでは……」


「私のせいです!

 ……私だって馬鹿ではありません。

 レイネス殿下のお心がアリシア様から私に移り始めていることは、なんとなく感じていました。

 本当ならこうなる前に、私が殿下から離れるべきでした。

 ですが私は……、卑しい私はその事実に優越感を感じていたのです。

 美しくて、凛々しくて、貴族として完璧な、そんなアリシア様に勝るものが自分にもあるのだと、殿下のお心を利用して自分に陶酔していました。

 ……本当ならもっと早くに謝罪をするべきでした。

 それなのに、アリシア様の優しさに甘えて、私は……っ!」


 小さな嗚咽がサロンに響く。

 そんなメリアの姿を見て、アリシアは頬を叩かれた思いがした。


 アリシアはメリアのことを愛している。

 メリアのために生涯を捧げる覚悟がある。

 その事実は揺るがない。


 だが、果たして本当にメリアのことを、メリア自身を見ていただろうか。

「マジラプ」の主人公と重ねていただけではないだろうか。

 心のどこかで、この世界を現実ではなく、ゲームだと考えていなかっただろうか。


 ルートやイベントの知識を活かせば、メリアを落とすことくらい簡単だと思っていたのでは。


 アリシアの婚約破棄について、メリアがどんな思いを抱いているかなど考えもしなかった。

 レイネスとの関係について、どう思っているかなど想像すらしなかった。


 イベントがここまで進んでいるのだから、愛情のパラメーターはこれくらいだろうと、そんなことを考えていた。


 メリアを愛しているとのたまいながら、メリアのことをなにも知ろうとしていなかった。


 ……滑稽だ。

 滑稽極まりない。


 自分の愚かさに反吐が出る。


 パンッ


「っ!」


 突然の破裂音にメリアが動揺する。

 いきなり目の前でアリシアが、自身の頬を叩いたのだ。

 驚くのも無理ない。


 ゲームはここでお仕舞いだ。

 これまでの振る舞いがなくなるわけではないが、だからこそ、せめて。

 せめてこのメリアへの思いだけは、嘘にしてはいけない。


 段取りなんて関係ない。

 好感度なんてどうでもいい。

 愚かなアリシアが、間違えたアリシアがメリアに示せる、唯一の誠意だ。


 アリシアは深く息をすると、メリアを見据えた。


「メリアさん」


「っ!」


 メリアはビクッと小さく体を揺らした。

 もしかしたら、叱責されると思っているのかもしれない。


 怯えるように、ゆっくりと顔を上げるメリア。

 その潤んだ瞳を見つめながらアリシアはいった。


「メリアさん、私はあなたを愛しています」


「……え」


 メリアの口から戸惑いの声が漏れる。


「何度でもいいましょう。

 私はメリアさんのことを愛しています。

 あなたが自分のことを卑下するのなら、私があなたの魅力を紡ぎましょう。

 あなたが罪悪感を抱いているのなら、私がその罪を赦しましょう。

 あなたが楽しいと思ってくれるのなら、こうしてまたお茶会を開きましょう。

 あなたがおいしいといってくれるのなら、もっとおいしいパイを焼いてきましょう。

 私はあなたが微笑む姿を見たい。

 日溜まりのような、温かな笑顔が見たい。

 その笑顔のためならば、私はどんなことでもしてみせます。

 あなた以外のものなどなにもいりません。

 なぜなら、私はあなたを愛しているから」


「どうして……、そんな……」


「いっているでしょう。

 私があなたを愛しているからです」


 長い沈黙がサロンを流れた。


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