第3話 悪役令嬢は父親に叱られるようです

「お父様、アリシアでございます」


「入れ」


「失礼いたします」


 重厚な扉を開け、書斎へと入る。

 中には書類と向き合う一人の男の姿があった。


 バイス・ローデンブルク。

 ローデンブルク公爵家の現当主であり、アリシアの実父である。

 ロマンスグレーの髪を後ろでまとめ、端整な顔にかけられた黒縁の眼鏡から覗く鋭い双眸は、実娘であっても思わず萎縮してしまいそうになる。


 この場所を訪れたのには訳がある。

 アリシアが自室で一人盛り上がっていたところ、バイスに呼び出されたのだ。

 十中八九、今日のパーティーでのことであろう。


「今日のあれはどういうことだ」


 鋭い視線がアリシアを見据える。


「私が不甲斐ないばかりに、殿下のお心が私から離れてしまった結果でございます。

 お父様が整えて下さった婚約をふいにしてしまい、申し訳ございませんでした」


 自分は悪くないだろうとは思うが、そんなことを言ったところで仕方がないので、大人しく頭を下げる。


「確かにその点に関してはお前の不手際だな。

 だが、殿下も殿下だ。

 まさか衆人の前で婚約破棄を告げるとは……。

 内々でのことならば、どうにか処理できたかもしれないが、既に他の貴族に知れ渡ってしまった以上、そう簡単な話ではあるまい。

 まったく、殿下はいったい何をお考えなのだ」


(多分メリアのことだと思います)


 婚約破棄イベントまで進んでいるということは、既にいくつかのイベントが終了しているということだ。

 そしてそれは、レイネスルートへと着実に進んでいるということでもある。

 まだ再分岐の可能性はあるが、このままいけばまず間違いないだろう。


 メリアは元々孤児院で生活していた。

 ある日、メリアの中に眠る癒しの魔法の才能を、孤児院のパトロンである、アレスティア子爵に見出だされる。

 そしてそのまま、子のいなかったアレスティア家に養女として迎え入れられたという経歴を持つ。


 そのため、メリアの振る舞いや言動には庶民的で、素朴なものがちらほらと散見される。

 他の貴族令嬢にはないそのギャップに、貴族である攻略キャラたちは惹かれていくのだ。


 レイネスもその内の一人である。

 彼の場合、傍にアリシアという典型的な貴族令嬢がいたため、よりメリアのギャップに魅了されたのだろう。


 今回の婚約破棄については、確かこうだったはずだ。


 王子として日々感じる重圧。

 それに加え、隣で完璧な貴族令嬢として振る舞うアリシアの存在に、レイネスは息苦しさを覚えてしまう。

 そんなレイネスにとって、貴族らしくないメリアの存在は癒しだった。

 アリシアとメリアのギャップが、アリシアに対する不満の増加を加速させる。


 そして今日、パーティー会場でメリアに注意するアリシアの姿を目撃したことがきっかけとなり、衝動的に不満を爆発させてしてしまったというわけだ。


 メリアが可愛いく、癒しであることは大いに認めるが、いくらなんでもアリシアが不憫すぎる。

 アリシアの振る舞いは、貴族として模範的なものである。

 今日メリアに注意していた内容についても、殿下へ挨拶にいく順番について、貴族内にある暗黙の了解を教えていただけなのだ。


 まあ、前世を思い出した今では、婚約破棄してくれたお陰で百合ルート開拓に一歩近づいたので、レイネスには感謝したいくらいなのだが。


「起こってしまったことは仕方がない。

 私の方でも手を回してみるが、お前もこれ以上殿下の不興を買うような行いは慎むように」


「かしこまりました」


 アリシアは深く頭を下げた。



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