第2話 悪役令嬢は百合ルートを開拓するようです

 アリシア・ローデンブルク。

 ローデンブルク公爵家の長女にして、ボルグ王国第一王子であるレイネスの「元」許嫁である。


 アリシアは幼少の頃より、次期王妃としての教育を施されてきた。

 勉学はもちろん、礼節や魔術、果てには武術に至るまで、あらゆる物事を叩き込まれた。

 全ては次期国王となる、レイネスを支えるため。


 この世に生を受けてから、アリシアの全てはレイネスと国のために捧げてきた。

 アリシア自身も公爵家の人間として、その運命を受け入れていた。


 だというのに、突然の婚約破棄。

 それも衆人の前で、だ。


 そのショックは計り知れないものであろう。

 レイネスの前で顔を青くし、蹲るアリシアの姿は、あまりにもいたたまれなかった。


 会場にいたものは、アリシアとの関係はどうあれ、このときばかりは彼女に対して同情の念を抱かざるをえなかった。


 ◇


 一方その頃。

 婚約破棄を突きつけられた本人はというと。


「生メリア、めっちゃ可愛かったーー!!」


 自室のベッドの上で悶えていた。

 枕を抱きしめ、柔らかなベッドの上を転がる様からは、普段の凛としたアリシアの姿など想像できまい。


 愛してやまなかった相手が、目の前に現れたのだ。

 この反応も無理ないことだろう。


 ひとしきり悶えたアリシアは「ふぅ……」と一息つくと、ベッドの上に座り直す。


「それにしても、私がアリシア、ね」


 アリシアは「マジラプ」に登場する、サブキャラの一人である。

 レイネスの婚約者であり、主人公であるメリアがレイネスに近づく度に、牽制してくるキャラだった。


 婚約破棄後は、あまりのショックで乱心してしまい、メリアへあからさまな嫌がらせをしてくるようになる。

 そしてその現場をレイネスに目撃され、最終的に公爵家を追放されてしまうというキャラだ。


「私はメリアのことが大好きだったけれど、だからといってアリシアのことが嫌いだった訳じゃないのよね」


 前世の感覚でいうと、どう見たって浮気をしたレイネスが悪い。

 アリシアはただの被害者である。


 メリアに対する嫌がらせも婚約破棄後からで、それ以前は正々堂々、正面からメリアの貴族として至らない振る舞いに対する忠告を行っていただけである。

 基本的に真面目なキャラなのだ。


 それは、こうしてアリシアになってみてよくわかる。

 前世の記憶に統合されてしまったが、アリシアとして生きてきた時間もしっかり覚えている。

 だからこそ、ゲームの中では描かれていなかった、アリシアの血の滲むような努力を、身をもって知っている。


「攻略キャラに転生できればベストだったのでしょうけど……」


 そうすればメリアへのアプローチも楽になる。

 何せ、こちとら全ルート攻略者なのだ。

 最短ルートでメリアを娶る自信がある。


「まあ、それは言っても仕方ないですね。

 それより、これからどうしましょう」


 ゲームではこの後、アリシアがメリアをいじめる展開になるわけだが、そんなことできるわけがない。

 メリアをいじめるなんて言語道断だ。

 もしそんな奴がいたら成敗してくれる。


 しかし、そうなるといずれルートを外れてしまい、せっかく思い出したゲームの知識が活かせなくなるだろう。

 それは残念ではあるが、まあ仕方ない。

 この溢れ出る、メリアへの愛を思い出せただけでもよしとしよう。


 どうせルートを外れるのなら、いっそのことアリシアルートを開拓してみるのもいいかもしれない。

 ゲームにはなかった百合ルート。

「マジラプ」は乙女ゲーであり、百合ルートなどなくて当たり前なのだが、そんなことは関係ない。


「私はこの世界でメリアと幸せになる!」


 アリシアは拳を突き上げ、輝かしい未来を夢想した。

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