第226話 クソガキアイドルコンサート
1
十二月二十五日。
クリスマス当日だが、昨日が振り替え休日だった関係で小学校は今日が二学期最後の登校日、すなわち終業式となる。そして、終業式を終えた子供たちは各々のクラスでお楽しみ会を楽しむのだ。
「――はい、マジックショー凄かったねぇ。みんな拍手!」
担任の先生が言うと、教室内を拍手の音が満たした。
机と椅子を後ろに下げ、空いたスペースに体育座りをする子供たち。普段は持ち込み禁止のお菓子を食べながら、クラスメイトたちの出し物を見たり、全員で遊んだりするのだ。
「それじゃあ、次のプログラムは、芹澤くん、佐野くん、藤野くんによる、超絶爆笑お笑いライブです」
三人が前に立つと、歓声が沸き起こった。クラス一のお調子者である芹澤は声を張って、
「ショートコント、持ち物検査」
すると佐野、藤野は右の方へ移動する。
「やべェ、遅刻遅刻―」
「急げー」
すると芹澤が左の方へ移動して腕を組む。
「おーし、今日は持ち物検査するからなー」
どうやら芹澤が教師、そして残る二人が遅刻しそうな生徒、という設定のようだ。
「バッグの中身、確認するからなー」
「やべぇよ。急いでるのに、抜き打ちで持ち物検査だって」
「早くしないと遅刻しちゃうって」
「やっべぇ。俺今日、これ持ってきちゃったんだよね」
言いながら横断バッグから漫画雑誌を取り出す佐野。ここで少し笑いが起きた。
「どうしよう、早くしないと遅刻だってのに……そうだ」
佐野は藤野の服の中に漫画雑誌を入れた。大爆笑が起きる。
「ちょ、おいおいおいおいバレるってこれ」
「大丈夫大丈夫。あと俺、これも持ってきちゃったんだよ」
佐野は再びバッグに手を入れる。出てきたのはお菓子だ。それも藤野の服の中に隠していく。
こうして佐野のバッグの中から校則違反の物がどんどん出てきて、それを藤野の服の中に隠していく、というコントのようである。
ネタそのものの面白さはともかくとして、正直なところ、芹澤たちのコントの出来はお世辞にもいいとは言えなかった。
お笑いというものはとにもかくにも『間』が重要となる。客にネタのシステムを理解してもらい、笑いどころで意味が浸透するまで適切な時間を待つことができるか、そして間延びせずにすかさずツッコミを入れられるか。
はっきり言って、今の芹澤たちはただ台本通りにネタをこなしているだけである。
時折噛むこともあれば、ネタが飛びかけることもあった。大人が観れば何が面白いのか全く分からないだろうし、現に担任の先生も気を使ってなんとか笑顔を維持しているが、心の中では苦笑いをしていた。
だが、子供というのは友達が目立つ場所で変なことをしているだけで笑えてしまうもの。極端な例だと、廊下を走りながら「う〇こ、ち〇こ」と叫ぶだけで大ウケするのだ。
つまり、芹澤たちの拙いコントは大爆笑をかっさらったのであった。
*
「はい、お笑いライブ、た、楽しかったねー」
予想外なウケ方に先生は心の中から「?」を消えなかったが、子供たちが楽しめているならよしとする。芹澤も手ごたえを感じているようで、密かに握りこぶしを作っていた。
「じゃ、次でいよいよ最後の出し物です。未夜ちゃん、眞昼ちゃん、朝華ちゃんによる、アイドルコンサート、どうぞー!」
どこからか曲が流れ始め、廊下で待機していたクソガキ三人が教室に飛び込む。アイドル衣装を着た三人に、一同は目を奪われた。
「すごーい」
「この曲『シンデレラ』のやつだ」
「可愛いなぁ」
「私、『シンデレラ』好き」
女子を中心に歓声が上がる。未夜をセンターに、歌って踊る三人のクソガキたち。未来が用意したアイドル衣装をさらりと着こなし、レッスンで鍛えたダンスは息がぴったりだ。
視覚と聴覚で分かりやすく楽しさを訴えるクソガキたちの出し物は、子供たちの心を鷲掴みにする。
最初はアイドルなんて、と気恥ずかしく思っていた男子たちも、だんだんとノリ始め、サビに入る頃には教室のボルテージはマックスになっていた。
クラス中が一致団結して声援を送る一方、クソガキたちの心境もまた、不思議と一致していた。
お楽しみ会の出し物としてアイドルを選んだのは、芹澤たちのコントへの対抗心からだった。しかし、今のクソガキたちに彼らへの敵対意識はない。目の前の観客を楽しませること、自分たちも楽しむこと、それこそが全てであり、お楽しみ会の意義なのだ。
お楽しみ会は楽しむためにある。有月に気づかされたことを、改めて実感する。自分たちの歌と踊りでクラスの友達たちが楽しんでくれている。
それが何より楽しい三人であった。
曲が終わると、割れんばかりの歓声と拍手がクソガキたちの体を叩く。
「凄かったねぇ、以上、未夜ちゃんたちによるアイドルコンサートでしたー」
やり切った、という達成感に包まれながら三人は退場する。トイレで着替えて戻ってくると、芹澤たちが待ち構えていた。
「り、龍石!」
芹澤はそっぽを向いて悔しそうに言う。
「お前らの方が、拍手、多かったから……その――」
先ほどまで勝利を確信していた芹澤だが、クソガキたちの完成度の高いアイドルを前に、敗北を認めていた。
自分たちの出し物より、クソガキたちの方が観客を何倍も沸かせていたからだ。そして生意気盛りの子供が潔く自分たちの負けを認めることの意味を考えれば、それほどクソガキたちのアイドルコンサートに魅入られたと推察できる。
「お楽しみ会なんだから、楽しめればいいじゃん。芹澤たちのコントも面白かったぞ」
眞昼があっけらかんと言うと、芹澤は虚を突かれたように真顔になる。勝ち誇られるのを覚悟していたからだ。
「ね、面白かった」
「うん」
未夜と朝華も同調する。
「お、お前らのアイドルも……」
「なんだ?」
芹澤は顔を真っ赤にし、
「いや、なんでもない。三学期は負けないからな! もっと面白いのを見せてやる」
こうして、コントVSアイドルの異種格闘技戦は両者引き分けで幕を閉じたとさ。
2
午後二時過ぎ。
部屋でのんびりくつろいでいると、クソガキたちがやってきた。
「おお、お前ら。久しぶりだな」
「一昨日会ったじゃん」と未夜。
「そりゃそうだが」
なんだかこいつらのことを恋しく感じている俺がいた。別に、変な意味ではない。なんというか、上手く言葉にはできないけれど……
「そういや、お楽しみ会はどうだった? ちゃんとできたか?」
「できたよー」
「楽しかったぜ」
「ミスもしませんでした」
そりゃよかった。
「勇にぃ、なんか元気ないな」
眞昼が俺の顔を覗き込む。
「そんなことないぞ」
「あたしたちが元気にしてやる」
眞昼は俺の肩をポンポン叩く。
「勇にぃ、ちょっと待ってて」
来たばかりだというのに未夜が廊下に出ていくと、眞昼と朝華もそれに続いた。
「なんだ?」
数分で戻ってきた彼女たちは、アイドル衣装に身を包んでいた。
「お前ら、それ」
そしてテーブルを隅に動かしてスペースを作ると、CDラジカセのスイッチを押す。狭い室内に『シンデレラ』の曲が流れ始める。
「勇にぃだけの特別ライブです」と朝華。
メロディに合わせてクソガキたちが踊り出す。
「お前ら……」
特等席で観覧する、俺だけのアイドルライブ。
三人の健気なハーモニーが、センチな俺の心に沁み渡った。
*
お知らせ
なんと『次にくるライトノベル大賞 2024』、通称『つぎラノ』にクソガキがノミネートしました。
キミラノのサイトから『つぎラノ』の投票ページに行くことができるので、クソガキを応援してくださる方は投票をお願いします!
『つぎラノ』の対象作品は5巻までの作品となっており、おそらくクソガキは今回がラストチャンス!
ファンのみなさま投票よろしくお願いします!
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