第225話  クソガキとクリスマスイブ

 1



 白い息が雑踏に散っていく。あちらこちらでカップルが幸せそうに身を寄せ合っているのが目に入る。今日はクリスマスイブの月曜日。


「はぁ」


 再び息をつく。


 彼女いない歴年齢の俺にとって、クリスマスというイベントは地獄でしかない。普段は彼女がいないことをそれほど気にすることはないのだが、こうもはっきり「いるいない」の差を見せつけられてしまうと、なんだか自分がとてつもなくちっぽけな存在に感じられてしまう。


 可愛い彼女と一緒に幸せなイブを過ごす者とそうでない者。その差をはっきり突きつけられるとは、なんて残酷なイベントなんだ。


 子供の頃は母と一緒にクリスマスツリーの飾り付けをし、サンタさんからプレゼントを貰って、家族でケーキとごちそうを食べる一年で一番楽しみなイベントだったのに……


 今日はクソガキたちもそれぞれの家族と過ごす予定らしく、部屋に一人でいるのもつまらないので散歩に出かけてみたのだが、なんというか、余計にみじめな気分になってしまった。


 今夜はクラスの連中とクリスマス会があるので、クリぼっちというわけではないけれど。


「おっ、有月」


「あっ、影山」


 同じバスケ部で青春を共にした悪友、影山春樹とばったり出くわした。


「有月先輩、こんにちはー」


しかもやつの横には学園のアイドル、華山小春の姿が。二人は腕を組み、首元には大きなマフラーを巻いている。しかも二人で一つのマフラーだ。


 二人とも茶髪で背丈も近いため、なんだかこうしてみるとカップルというより兄妹に見えるな。そう感じてしまうのは、俺が彼女なしの寂しい男だからか?


 話を聞くと、どうやらこれから二人でクリスマスパーティーの買い出しに行くそうだ。


「有月はクラス会だっけ?」


「あ、あぁ」


「楽しそうでいいねぇ」


「むむ、春樹先輩、私と一緒にいる方が絶対楽しいですって」


「あ、うん。そうだね」


「そうですよ。私みたいなアイドルより可愛い女の子と一緒にクリスマスイブを過ごせる幸せに勝るものはありません」


 それから数分間、影山と華山小春の惚気を見せつけられた。



 *



 夕方になり、クラスのクリスマス会に合流する。場所はファミレス。混雑する店内は無論、クリスマスイブを楽しむ家族連れや若いカップルばかりである。


「え? 田中と中田さん付き合ってたの?」


「意外すぎる組み合わせ」


「ひゅーひゅー」


 今回のクラス会は集まった半数以上が彼氏彼女持ちで、恋人を連れてくるやつもいた。また、実はクラスメイトには内緒で付き合ってました、というカップルもいたりして、ますます独り身の肩身が狭くなる。


「え? ユキちゃん、彼氏と別れたの?」と下村光の大きな声が聞こえてきた。


 向こうの女子グループのテーブルが騒がしくなる。漏れてきた話を聞くに、ユキちゃんこと風花かざはな雪乃ゆきのが長年付き合っていた彼氏と別れたらしい。雪乃とは一年の時に同じクラスだったが、たしか入学してすぐにサッカー部のやつと付き合い始めていたと記憶している。


 二年半以上も交際を続けたにも関わらず、クリスマスイブの直前に破局になってしまうとは……痛ましい。


 しかし、当の雪乃はさほど悲しみに打ちひしがれているといった感じではなく、むしろすっきりした顔をしていた。周りを取り囲む女子たちの方がショックを受けているようにも見える。


 ファミレスで食事をしたあとはカラオケ店へ。


 流行りのアイドルソングをデュエットで披露するカップルもいれば、アニソンで我が道を行く者もいる。気の置けないクラスメイト達とのカラオケは楽しいはずなのに、どこか上の空な自分がいた。



 2



 春山家にて――


「ろうそくはー?」


「あのな、未夜。クリスマスのケーキにはろうそくはいらねぇんだって」


 ホールケーキに包丁を入れながら太一が言う。


「ふーってしたかったなー。あっ、私、そのサンタのとこがいい」


「分かった分かった」


 砂糖細工のサンタクロースが乗った部分を切り分け、未夜の皿に置く。三人分が取り分けられると、未夜は目を輝かせて、


「もう食べていい?」


「いいよ」と未来。


「あむ。美味しー!」


 クソガキたちはそれぞれの家族とクリスマスイブを過ごしていた。


 龍石家では――


「ママ、グラたちにもケーキあげていい?」


 龍石家で飼われている三匹のパピヨン、グラ、カイ、レックは、ごちそうの匂いでテンションがマックスになっており、床を駆け回っている。


「あ、そのケーキはダメダメ。わんちゃんたちには犬用のケーキがあるから、そっち持ってくるね」


「ははは、眞昼。座って食べなさい」


 眞昼の父、龍石一郎が言う。


「うん」


 ソファーに座り直し、眞昼はケーキを頬張る。


「あたし、今日はサンタが来るまで起きてるんだ」


「眞昼、サンタさんは寝てない子のところには来ないぞー」


「えー? そうなの?」


「そうだよ。ちゃんと寝てるいい子じゃないと、サンタさんはプレゼントくれないんだ。それに明日は学校だろ?」


「……むぅ」


 サンタの存在が気になる眞昼であった。


 それは源道寺家でも――


「お母さん、サンタさんはいつ来るんですか?」


 そわそわと時計を見る朝華に、愛華はちょっと困った顔になる。


「朝華が寝ている時よ」


「そうだぞ。子供が寝てる時にサンタさんは家にやってきて、プレゼントを置いていくんだ」


 華吉も横から言う。


「じゃあお母さんたちはサンタさん、会ったことあるんですか?」


「え、えっと、お母さんも見たことないから、きっと凄く遅い時間に来るんでしょうねぇ」


「大人が寝てる時間に家に入ってこれるなんて、サンタさん、凄いです」


「そ、そうだ朝華。お姉ちゃんたちからもプレゼントを預かってるぞ」


「本当ですか?」


「ちょっと待ってなさい」


 サンタの真実に迫られかけたので、華吉は話題の軌道修正にかかる。


「わぁ、ぬいぐるみ」


 朝華の背丈ほどもある大きなクマのぬいぐるみを抱えて華吉は戻ってきた。


「鏡華お姉ちゃんと灯華お姉ちゃんに今度お礼の電話をしようね」


「はい」


 クソガキたちはそれぞれの家族と共に幸せな時間を過ごしたのであった。



 3



「じゃ、解散ということで」


「うぇーい」

「うぇーい」

「うぇーい」


 午後九時過ぎ。クラス会は解散となり、カラオケ店から各々、帰路に就く。家が同じ方向にある者同士で固まって歩くが、カップルなどはこのあとも用事があるのか、分かれて帰っていった。


 俺も家に帰ろう。暖かい店内から一転、凍るような寒さが体を包む。


「じゃあ私こっちだから」


「お疲れー」


 歩くにつれてだんだんと人が減っていく。気づけば、残っているのは俺と風花雪乃の二人だけ。


「そういや、風花の家ってこっちなのか?」


「……」


 雪乃は俺の斜め後ろを歩いている。彼女とはクラスで顔を合わせることこそあれど、特別仲がいいというわけでもなく、話をすることはあまりなかった。


 ゆえに、気まずい……


 それはきっと彼女も感じていることだろう。いっそのこと、別れるふりをして別の道に行くか?


「ねぇ、有月くんってさ。今、彼女いるの?」


 突然雪乃が聞いた。


「え? いや、いないけど」


 そう言ったのとほぼ同時に、右手に何かが触れた。見ると、それは俺の手を掴む雪乃の手。


「風花?」


「じゃあ、私なんかどう?」


「……は?」


 外気で冷たくなった手に、雪乃の体温が染み込んでいく。あまりに突然のことに俺の思考は停止していたが、状況を読み込む余裕ができてくると、途端に体が熱くなる。


「ちょっ、どうした? 急に」


「彼氏と別れた話、さっきみんなに言ったじゃん。有月くんもフリーみたいだし、余り者同士で慰め合わない?」


「は?」


 今までたいして会話を交わしたこともないのに、何をいきなり。


「有月くん。私とお付き合いしてみない? まずはお試しで、どうかな」


 潤む目で俺を見上げる雪乃。ウェーブがかった長い金髪に雪のような白い肌。コートを着込んだ上からでも分かるくらいに膨らんだ胸部装甲。


「いやでも、そんなすぐに付き合ったら風花の元カレに悪いっていうか――」


「大丈夫。彼氏と別れたのって、最近のことじゃなくて、実は二か月近く前なんだよね」


「え? そうなのか」


「だから別にいざこざとかないし、有月くんのこと、いいなって前から思ってたし」


 雪乃は俺の手を両手で包むように握り直し、


「私じゃ、ダメ……?」



 *



「あら、おかえり勇」


「おう」


「ケーキあるわよ」


「あー、寒いから先風呂入ってくるわ」


 熱い湯に浸かると、先ほどの風花雪乃との一件が脳裏に蘇る。結局、彼女の告白を受け入れることはできなかった。


 なんというか、今の自分を客観的に見てみると、己の器の小ささに呆れてしまう。いや、子供っぽさに、か?


 別れ際、雪乃は俺に聞いた。


『有月くんって、なんで彼女作らないの?』


 このはいったいいつから始まったのだろうか。俺の恋愛観における、。いくら子供っぽいと思われようと、器が小さいと罵られようと、俺はこれだけは譲れなかった。


 小学生の頃、初めて遊びに行った友達の家であのゲームを見つけた時が始まりだっただろうか……? いや、もっと前にも感じたことがあるな。もう名前や顔も満足に思い出せないけれど、たしかあれは……


「はぁ」


 唯一救いだったのは、雪乃本人が告白を断られたからといって悲痛な表情は見せず、あっけらかんとしていたことだ。クリスマスイブを一人で過ごすのが寂しくて、と言っていたし、彼女は俺でなくてもいいのだろう。


 風呂から上がって店の方に戻る。父はカウンターの奥、母はその目の前のカウンター席で向かい合わせになり、ケーキとコーヒーを楽しんでいた。俺も母の横に落ち着く。


「勇、あんたの分もあるわよ」


 出されたのはショートケーキだ。イチゴにフォークを突き刺し、クリームごと口に運ぶ。そしてコーヒーを一口。


「苦い」


 いつもよりコーヒーが苦く感じるのは、甘いケーキと一緒だからだろう。




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