特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉その8
1
勇は二年生になった。
「今日、俺んちで遊ぼうぜ」
「いいよ」
「あ、勇、遊〇王カードとゲー〇キューブのコントローラー持ってきてね」
「おう」
小学校の生活にも慣れ、放課後は友達と集まって遊ぶのが日課になっていた。ゲームをしたり、カードゲームをしたり、それが飽きたら外で遊んで、またゲームに戻ったり、と勇は毎日を楽しく過ごしていた。
自尊心も芽生えだし、自分のことを『俺』と呼ぶようになったのは成長の証だろう。
「そういえば俺、みっちゃんの家、知らないや」
「俺が知ってるから勇の家に迎えに行くよ」
「分かった!」
今日一緒に遊ぶ友達の家には初めて行く。二年生になってできた友達で、〈ムーンナイトテラス〉からは離れたところにある。
帰るなり、勇はランドセルを放って家を飛び出した。
「勇、宿題は?」とさやかの声が飛ぶ。
「もう終わってるもんね」
学校の休み時間を使って宿題を少しずつ進めるという裏技も二年生になってから覚えた。悪知恵だけはついていくのがクソガキの特徴である。
「お待たせ、勇行こうぜ」
「うん」
友達と合流し、もう一人の友達――みっちゃんの家へ。
「おじゃましまーす」
友達の部屋に入るなり、勇はあることに気づいた。
「あっ、スー〇ァミだ。これ、みっちゃんの?」
「うん、そうだよ」
これまで、勇の友達の中で、スーパーファミコンを所有している子は一人もいなかった。勇の世代では据え置きゲームといえば、ゲー〇キューブか6〇が鉄板なのだ。
本体の横には菓子の空き箱があり、そこにカセットが乱雑に収められていた。その中に、勇はあるカセットを発見する。
白地に3Dのマ〇オが配置された『スーパーマ〇オRPG』のカセットだ。
「……」
その時、勇の心にあの感情が蘇った。かつて、瑠奈が彼女の友人たちと仲良くしていた時に抱いたものと全く同じ感情を。
「勇? どうした?」
「あ、なんでもない」
「スマ〇ラしようぜ」
「お、おう」
このもやもやとしたこの気持ちはいったいなんなのか。例えるなら、自分の部屋に全く知らない他人が土足で上がり込んできたような不快感が勇を支配する。
一つは単なるレトロゲーム、一つは瑠奈。
一見、全く関係のない二つのことに、どうして同じ感情を抱くのか。
この感情の本質に勇が気づくのは、彼の心がもう少し成長して、大人になってからである。
2
「勇にぃ、勇にぃってば」
未夜の声が聞こえる。
「ん、んー?」
どうやら眠ってしまっていたらしい。時計を見ると午後四時半すぎ。
「起きたー?」
「あ、あぁ、未夜、来てたのか」
「今来たんだよ。そしたら勇にぃ寝てるから」
「今日はちょっと疲れてな」
休憩中にベッドに横になったらウトウトしてしまい、眠ってしまったようだ。未夜は俺が寝ているうちに来たようで、肩にバッグをかけている。
「寝たら腹が減ったな。ちょっくらコンビニ行ってくる」
「私も行く」
未夜と連れ立って外に出た。秋の気持ちのいい日射しを受けながら、のんびり歩を進める。
「いよいよ、今週だね。箱根旅行」
「そうだなぁ」
十月も半ば、今週の土日は朝華から貰った俺の誕生日プレゼント、箱根の温泉旅行がある。
楽しみなことは楽しみなのだが、朝華の誘惑があるかもしれないので、一応警戒をしておかなくては。湘南旅行の時のようなことにならないように……
前方から親子連れが歩いてきたので、俺たちは横にずれる。
赤茶色のセミショートヘアの母親と、まだ幼稚園と思しき女の子が仲良く手を繋いで歩いている。母親の方は俺とそう歳は変わらないように見えた。
「ねぇ、ママが子供の時に住んでたとこってどこなの?」
女の子が母親を見上げながら聞く。
「もうちょっといったところにあるアパートだよ。あぁ、懐かしいなぁ」
仲睦まじい親子の様子に目を和ませながら、俺たちはコンビニへ急いだ。
*
この先、彼らの人生が再び交わるかどうかは誰にも分からない。
しかし、それでいいのだ。
子供時代のかけがえのない日常。
多くの大人たちがいつの間にか忘れてしまっている楽しかった日々。
例え忘れてしまっても、あの時の思い出は誰かの心に残り続けるのだから。
特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉完
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