特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉その7
1
ほがらかな朝日が街を照らす。北にそびえる富士の山はまだ雪が積もっているが、そよぐ風には春の陽気が感じられる。
――四月。
「いってきまーす」
「車には気を付けるのよ」
「うん」
「じゃ、瑠奈ちゃん。お願いね」
「はーい。行くよ、勇ちゃん」
先日、入学式を終えた有月勇は小学校に入学した。
背中よりも大きいランドセルを背負い、頭には黄色い帽子を被る。手にはぶら下げた横断バッグは新品で、胸元の名札もパリッとしている。全体的に着られている感が拭えないのは、今日が登校初日だからだろう。
三年生になった瑠奈と一緒に小学校まで歩く。
「勇ちゃん、道ちゃんと覚えられる? 帰りは一人なんだから」
「う、うん。大丈夫」
距離的にはたいしたことはなく、勇自身、何度も通った道なのだが、初登校ということもあって勇は緊張していた。
「一組はここだね」
無事に学校に到着し、一年一組の教室に入るまで瑠奈が案内してくれた。
「じゃ、頑張ってね」
「ありがとー」
教室には幼稚園時代の友達もいれば、初めて会う子もいる。少し人見知りなところがある勇だったが、子供というのはちょっと会話をすればすぐに打ち解け、仲が良くなるもの。ついこの間まで幼稚園児だった子供たちなのだからなおさらである。
「へぇ、
勇の隣の席は
「僕もマ〇オのRPGやったことあるよ」と勇。
「『マ〇オストーリー』? 僕もう全クリしたよ」
「え? 違うよ」
勇が言っているのはスー〇ァミの『スーパーマ〇オRPG』のことだった。かつて太一の部屋でよく遊んでいた勇のお気に入りのソフトである。
この世代の子供たちが初めて触れるゲーム機といえば、親や兄弟がゲーム好きで家にスー〇ァミがない限りは、〇4かゲー〇ボーイだろう。
「ク〇パが仲間になってね、スターピースを集めるんだ」
「え? ク〇パが仲間になるの?」
同世代の子たちが知らないゲームをプレイ済みというで、少し誇らしい気分になる勇だった。ちなみに勇も『マ〇オストーリー』はプレイ済みであるが、ドガ〇ンに追いかけられるシーンがトラウマになり、そこで中断したままである。
「えぇ、いいなぁ。僕もやりたい」
「じゃあ今度うちで遊ぼうよ」
そして数日後、峻を家に招き入れ、ゲームをすることに。
ラーメン修行に集中するため、太一はゲーム一式を勇に譲っていた。そのため、スー〇ァミをはじめとするレトロゲームは勇の自室にある。
「勇ちゃん、今日は一緒に遊べない?」
帰宅後すぐに瑠奈が遊びに来たが、あいにく今日は峻との先約があった。
「うん、ごめんね」
峻と遊ぶ約束を抜きにしても、最近は瑠奈との付き合いが悪い勇だった。幼稚園の頃は気にならなかったのだが、小学生になったことで、女子と遊ぶことにちょっとばかりの抵抗が生まれたのである。
決して瑠奈のことが嫌いになった、というわけではなく、なんとなく女の子――しかも年上――と一緒にいることが気恥ずかしく感じてしまうのであった。
やがて峻が遊びに来る。
同じ学校だが学区が違うため、親の車でやってきた。
「勇くんちって喫茶店なんだね」
物珍しそうに峻は言う。
「うん。僕の部屋は二階だよ」
「へぇ、これがスー〇ァミかぁ、初めて見たよ」
「マ〇オのほかにもいろいろあるよ。ド〇キーとか、ド〇クエとか」
「勇くんが言ってたRPGのやつがいいな」
「これね」
勇は得意げにカセットを差し込み、電源を入れる。
「おお、凄い」
「ふふん」
そうして二人は『スーパーマ〇オRPG』で遊んだのであった。
2
九月。
秋晴れの気持ちいい月曜日。
小学校に入学してから五か月近くが経っていた。
「勇、ちょっと来なさい」
友達と遊ぶ約束をしていたため、帰宅してすぐに家を飛び出そうとした勇をさやかが引き留める。
「あ、今日は本読みだけだから帰ったらやるよ」
宿題をしてから遊びに行け、と言われるのかと思ったが、どうも様子が違うようだ。
「いいから来なさい。あのね、瑠奈ちゃんのことなんだけど」
「何?」
そういえば、と勇は思い出す。今朝は瑠奈が登校の迎えに来なかった。最近は一緒に遊ぶことは少なくなり、登校の時ぐらいしか会う機会がなかった。
「あのね、瑠奈ちゃんち、引っ越したんだって」
「え!?」
予想外の言葉に勇は面食らう。
「日曜日に引っ越してったのよ。勇には秘密にしてって瑠奈ちゃん言ってたから、たぶん、お別れが辛くなるのが嫌だったのかもね」
「ど、どこに?」
「東京だって」
「そ、そうなんだ……」
勇の胸中に、言いようのない感情が広がっていく。
あまりに突然だったため、悲しみよりも衝撃が勝っていた。
「東京……」
「そう。お父さんのお仕事でね、東京に住まなくちゃいけなくなっちゃったんだって」
「……そうなんだ」
六歳の勇にとって、人生の半分近くの時間を友達として過ごしてきた瑠奈は、年の近い姉のような存在であり、とても頼りになる友達だった。
「そっか」
「今度お手紙出そうね」
「うん」
瑠奈のいない日常を過ごしながら、勇は幼馴染がいなくなってしまった現実を少しずつ受け入れていく。
悲しみが実感となったのは引っ越しの話を聞かされた日の夜で、そこがピークだった。
幸いにも、勇が抱く瑠奈への感情は友情に近いものだった。ゆえに、幼いながらも勇はこの突然の別れを自身の中で消化することができたのだ。
子供の日常は新鮮の連続である。新しい出会い、新しい遊び、新しいアニメに新しいゲーム……常に新しい刺激を受け続けるその日々は、一時の悲しみなどすぐに塗りつぶしてしまう。
だがもし仮に、これが恋心だったならば、勇の心には瑠奈という存在がいっそう強く刻まれてしまっていたに違いない。
好きな子との突然の別れが、幼い子供に与える影響は計り知れない。
勇の瑠奈へ抱いていた感情。
それが単なる友情だったことが、不幸中の幸いである。
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