特別編 クソガキとの『思い出』 〈ムーンサイド〉その2
1
俺は春山太一、二十一歳。どこにでもいる普通の大学生だ。
親戚が管理している借家で一人暮らしをしつつ、静岡市の大学に通っている。今は夏休みの真っ最中で、毎夜クルマを走らせては熱いバトルに打ち込んでいるのだ。
「ねぇ、たっちゃん。これどうするの?」
テレビの前で難しい顔をしているこいつは有月勇。
うちのお隣にある喫茶店〈ムーンナイトテラス〉の子供で、今年で五歳になる――まだ四歳――のクソガキだ。
「このドア、全然開かない」
「こいつはな、ク〇パと一緒にドアに体当たりするんだ。」
勇はスーパー〇ァミコンのスーパーマ〇オRPGで遊んでいる。
俺の家には〇ァミコンから6〇までのビデオゲームがあるので、こいつはそれをやりに俺のところに押しかけてくるのだ。
それにしても6〇があるというのに、マ〇オのRPGが珍しいのか、それともRPGというジャンルそのものが珍しいのか、すっかりハマってしまったようだ。
いや、ポ〇モンで遊んでいるからRPGには慣れてるはず。
「ふわぁ、ねみ」
昨晩は富士山スカイラインで富士市のチームとバトルをしたから、その疲れがまだ残ってる。
勇の相手をしながら睡魔と戦っていると、外から野太い排気音が聞こえてきた。俊さんのスープラが帰ってきたのだ。
有月俊。
今は現役を退いているが、かつてはこの東部地区最強の走り屋としてブイブイいわせており、俺が唯一勝つことのできなかった走り屋だ。
しばらくゲームをしつつ、気づけば正午。昼飯時だ。
「腹減ったな。ちょっと休憩にすっか」
「えー」
「ほら、セーブしろ」
といっても、男の俺が昼飯なんか作れるわけもなく、昼食はだいたい〈ムーンナイトテラス〉で済ませている。
勇を連れてお隣の〈ムーンナイトテラス〉へ。
「いらっしゃい。太一くん」
「うっす」
「ただいまー」と勇がさやかさんの足に抱き着く。
今日はけっこう空いている。テーブル席に勇と向かい合わせに座り、料理を注文した。
「太一くん、今日はバイト?」
「そうっすよ。夕方から」
俺は市内のラーメン屋でバイトをしている。親がうるさいから大学に通ってはいるものの、将来的には自分のラーメン店を持つのが夢だ。
昼飯を食いながらさやかさんと雑談をする。そこへ、カランコロンとドアベルの音が鳴った。
「こんにちは」
葉月未来の姿があった。長い栗色の髪を束ねてポニーテールにし、赤い帽子をかぶっている。服は部活の練習着で、下半身は砂で汚れている。
「あら、未来ちゃん」
「こんにちはー。あっ、太一さんもいるじゃん」
「おう」
「未来ちゃん、部活帰り?」
さやかさんが聞く。
「うん。いやぁ、今日も疲れたー」
未来は西高に通う高校二年生で、ソフトボール部に所属している。赤いエナメルバッグを肩にかけ、バットケースを背負っていた。
「未来ちゃーん」
「おー、勇くん」
勇が未来の方へ駆け寄る。未来は荷物を下ろし、勇を抱き上げた。子供だから許されているが、あの大きな胸に抱き着いて顔を埋めるとは……
このクソガキ、なんて羨ましい……
「太一さん、あとでバッティングセンター連れてってよ」
未来がせがむ。
「人を足に使うんじゃねぇぞ、小娘」
「いいじゃんいいじゃん」
「しょうがねぇな」
「未来ちゃん、お昼食べてくでしょ」とさやかさん。
「うん。お腹ペコペコー」
勇を抱えながら俺の向かいに座る未来。
「未来ちゃん、バッティングセンターって何?」
勇が素朴な表情で尋ねた。
「ボールをバットで打つ練習ができるとこ。勇くんも行く?」
「んー、今日は瑠奈ちゃんと遊ぶ約束してるからいい」
「そう?」
がきんちょがバッティングセンターに行ったって、やることなくてつまんねぇだろうに。
それにしてもこいつ、いつまで未来の胸に抱き着いてるんだ……?
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