第222話  昼夕同盟、戦略会議

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 十月二十三日、月曜日。


「さて、どうすっか……」


 春高の予選が終わる十一月五日まで、あたしと朝華は停戦協定を結んだ。この期間中はお互い勇にぃへアプローチはかけない。だけど、それをそのまま鵜呑みにして何もしないでいるほどあたしは馬鹿じゃない。


 これは次なる一手のための準備期間であり、ここで何も仕掛けられなきゃ、朝華に差をつけられて、勇にぃを持っていかれてしまう。


 朝華はいったい何を企んだのか。


 お昼休み、あたしは夕陽ちゃんと中庭で待ち合わせをした。


 今日の夕陽ちゃんはなんだか自信に満ち溢れているというか、イキイキしている気がする。夕陽ちゃんは右手を胸に当て、


「眞昼先輩も、この恋のキューピッド、夕陽に任せてください」


「え? あ、うん」


 なんだろう、この自信満々な表情は。


「いやぁ、実はですね」とまだ何も聞いてないのに話し始めた。よほど言いたかったのだろう。


「夕陽の従兄のお兄さんが彼女さんを連れてきましてねぇ」


 話を聞くと、昨日、夕陽ちゃんの従兄が女の子を連れてきたらしい。彼女ではない、と言い張っているが、母方の実家に女の子を連れてくるなんて、彼女として紹介しに来たようなものだ。


 煮え切らない態度の従兄ではあるが、その女の子の方は付き合う気満々のようで、従兄を落とすために協力をしてほしいと夕陽ちゃんはお願いされたそうだ。


 あたしも恋愛相談を頼んでるし、意外と夕陽ちゃんってこういうことに強いから、その女の子も安泰だろうな。


 それにしても、もう実家に連れて行ってもらえるほど関係が進んでいるなんて、名前も知らないその子が羨ましいな。


「いやぁ、夕陽ってそんなに頼りになっちゃいますかねぇ」


「ああ、うん。あたしは頼りにしてるよ」


「いやぁ、それほどでも。眞昼先輩も従兄の彼女さんも、夕陽が幸せにして見せますから!」


「あ、ありがとう……で、話を戻すんだけどさ」


 あたしは春高予選が終わるまで、アプローチが禁止となる例の協定について話す。


「ふむ。アプローチ禁止、ですか」


 夕陽ちゃんは眉根を寄せて、


「こんなことを言ったらあれですけど、これって眞昼先輩だけにしかメリットがないように思えます。春高予選まで練習が忙しくなって、アプローチの機会も減るじゃないですか。そこに来て、お互いアプローチ禁止の停戦協定……ライバルの子はどうしてこんな提案をしたんでしょう?」


「たぶんこれまだ言ってなかったと思うんだけど、ライバルの子は神奈川県の寮に住んでるんだよ」


「え? 富士宮の人じゃないんですか?」


「うん。中学までは一緒の学校だったんだけど、神奈川の女子高に進学してさ」


 ライバルの子は基本的に土日にこちらに帰省し、勇にぃにアタックを仕掛けていることを簡単に説明する。


「なるほど。平日の眞昼先輩の動きを封じるメリットがある、ということですね。あれ? となると今度は眞昼先輩にメリットがない気がしません?」


 夕陽ちゃんは首を交互に左右に傾げる。


「うーん、ライバルの子は土日しかアタックできないのなら、無理してライバルの子の策に乗るより、なんとか練習の合間で時間を作って、お相手の男の子に少しでもアプローチする方がいい気がします。いくら春高の予選前だからといっても、ちょっとぐらいなら時間は作れますよね?」


「うん。練習が終わるのがだいたい八時ぐらいだから。一時間、頑張って二時間くらいはなんとか絞り出せそう」


 夕陽ちゃんの言うことはもっともだ。


 あたしと朝華には平日を使えるか使えないか、という大きな差があり、あたしが完全に有利な戦いのはずだった。


 でも、あたし有利の状況も未夜が参戦したことで崩れ去ってしまったのだ。


「実はさ、箱根旅行のあとに三人目が登場しちゃって」


「サンニンメ?」


「ああ、ライバルって意味だと二人目になるのかな。箱根旅行についてったもう一人の子もさ、あたしが好きな人のこと、好きだったんだ」


「え? えええええっ!?」


 未夜の名前を出すとちょっと面倒なことになりそうなので、ここでも名前は伏せておく。


「ちょ、え? マジですか。じゃあ、眞昼先輩の意中のお相手は、三人の女の子から恋慕われてるってことですか?」


 夕陽ちゃんはとうとう頭を抱え始めた。


「そういうことになるかな」


「なんというか、世の中って不公平すぎますね……」


「それで、その子の方は平日も土日も完全に自由で、あたしの好きな人の家に自由に出入りできるから、ちょっと脅威なんだ」


「ふむふむなるほど。つまり、眞昼先輩は平日はできる限りその子を抑え込むことに時間を割かなくてはいけなくなった、と」


 夕陽ちゃんは理解が速くて凄いな。


「あれ? となると、今度は神奈川の子の方に停戦協定のメリットがないですね。眞昼先輩と二人目の子がかち合ってるってことは、漁夫の利を狙いに行くのが最善手なはずなのに。たしか、停戦協定はもう始まってるんですよね?」


「そこなんだよ。それなのにお互いアプローチ禁止を提案してきたってことは、何か企んでるに違いないんだ」


「ふーむ。来週の日曜まで直接的なアプローチはできないし、眞昼先輩は二人目の相手もしなくてはいけない。しかし、逆に言うと『この期間で何ができるか』という話になってきますね」


「うん」


「安心してください。眞昼先輩には恋のキューピッドであるこの外神夕陽が付いてますので!」


 夕陽ちゃんは腰に手を当て、大きく胸を反らした。


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