第220話  交わらぬはずの朝と夕

 1



「ふわぁ」


 もう八時か。


 夕陽はあくびをしながら部屋を出る。


 いつもは朝早くに起きてばあばと一緒に朝食を作るのだが、昨夜は映画を観て夜更かしをしてしまったので、寝坊してしまった。


「おはよ、夕陽」


「おはよう、ばあば」


 もう朝食の準備は終わっており、夕陽が起きるのを待っていてくれたようだ。


「いただきまーす」


 ばあばと一緒に朝食を摂る。じいじはもう出かけたようだ。


「さて、と」


 食事を終えた夕陽は居間でごろごろしながらスマホをいじる。


 今日は何も用事がない。一日中暇である。


 コンビニでお菓子を買い込んで、漫画の一気読みでもしようかな。いやそれともゲームかな。


 なんにせよ、とりあえずコンビニにでも行くか。夕陽は立ち上がる。


 その時、野太い車の音が聞こえてきた。


 この音は確か勇の車の音だっけ。


 どうやら遊びに来たようだ。ちょうどいい。勇にコンビニまで送ってもらおうかな。


「あら勇ちゃん、いらっしゃい……あらま!」


 ばあばの声が大きく響いた。


 やはり勇だったようだ。それにしても、どうしてあんなに大きな声を出すことがあるのだろうか。まるで何かに驚いたような調子だった。


 不審に思った夕陽は玄関に向かう。


「おっ、夕陽ちゃん」


「やっぱり勇か、いらっしゃっ……って、えぇ!?」


「おじゃまします」


 夕陽は目を疑った。


 まるで頭のてっぺんをハンマーで殴られたような衝撃が走り、それが全身を貫く。


 あまりの驚きに、夕陽は声が出ない。


 つやのある黒髪、眼鏡の奥に覗く瞳はサファイヤを思わせ、胸はまるでメロンでも詰め込んでいるかのような膨らみ。


 勇の隣に清楚な黒髪美少女がいたのだ。


「はじめまして、源道寺朝華と申します」


 勇が彼女を連れてきた!



 2



「俺のばあちゃんと、従妹の夕陽ちゃん」


 勇が夕陽たちを紹介する。


「は、はじめまして、外神夕陽です」


 緊張しすぎて上手く声が出せない。


「立ち話もなんだし、上がって上がって」とばあばが言う。


 夕陽たちは居間に落ち着いた。


 なんということだろうか。


 あの勇に彼女ができるとは。


 あの人って間違いなく勇が誕生日プレゼントを何にするか悩んでた人だよね。


 まだ付き合ってもない女の子の誕生日プレゼントにロケットペンダントなんてものを選んだ時はどうなることかと思ったが、付き合うことに成功したようだ。


 というか、この朝華という人、美少女すぎでしょ!


 未夜先輩や眞昼先輩と同じくらいの美少女だ。しかもとんでもなく胸がでかい。


「こんなものしかなくてごめんねぇ」


 ばあばがお盆にお茶とお茶菓子を載せて戻ってきた。


「ありがとうございます」


 朝華さんはしずしずとお礼を言う。勇にはもったいないくらいのできた彼女だ。


「勇ちゃんが女の子を連れてくるなんて、びっくりしちゃったよ」


 ばあばがいきなりぶっこむ。


「いや、そういうわけじゃないんだって。ただ朝華の家族が東北に旅行に行ったから、そのお土産のおすそわけをしに来ただけで――」


 勇は経緯を説明するけれど、客観的に考えて親戚の家に女の子を連れてくるっていうのはを意味するものだ。きっと照れ臭いんだろう。


 それにしても、夕陽は誕プレ選びを手伝ってあげたんだから、付き合うことになったんならその報告くらいしなさいよね。いやもしかすると、こうやっていきなり朝華さんを連れてきてびっくりさせようとしたのかもしれない。


「勇にぃのおじいさまとおばあさまはお酒がお好きだと伺ったので」


 朝華さんは紙袋に入ったお土産をばあばに手渡す。


「ありがとうねぇ」


 勇にぃ……?


「爺ちゃんは?」


「農協に出かけてるよ」


「そっか」


 しばらく雑談をする夕陽たち。


「お茶のおかわりを持ってくるからね」


 ばあばが席を立つ。


「お手伝いいたします」


 そう言って朝華さんも立ち上がろうとしたので、夕陽は制する。


「いいんです。朝華さんは座っててください。勇、あんたが行ってきなさい」


「え? 俺?」


 勇がばあばのあとについて台所へ向かう。よし、二人きりになれた。


 夕陽は声を潜め、朝華さんに聞く。


「あの、朝華さんは勇と付き合ってるんですよね?」


 一瞬の間があった。


 朝華さんは困ったような表情になり、一言。


「将来的には、です」


「……?」


 将来的?


 それはつまり、まだ付き合ってはない、ということ?


「実は」と朝華さんも声を潜める。


「勇にぃを落とそうと努力してるんですが、なかなか難しくて」


「え? まだ付き合ってないんですか?」


「あと一押しだと思うんですけどねぇ」


 あのバカ、こんな美少女を親戚の家に連れてくるくせに、まだ付き合ってない??


「朝華さんは勇のこと、好きなんですか?」


「はい、愛してます」


 とろけるような声でそう言うと、朝華さんの顔が赤くなった。


 か、可愛すぎる。


「よかったら夕陽ちゃん、これからしてくれると嬉しいです」


 こんな美少女に好かれるなんて、勇の人生で一回あるかないかの僥倖だ。このチャンスを逃したら、勇の人生はお先真っ暗に違いない。


 そして夕陽と朝華さんは連絡先を交換した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る