第218話  クソガキと一晩

 1



 チュンチュン、と鳥の鳴く声がどこからともなく聞こえてくる。


 窓から差し込む白い朝日に、ぼんやりとした視界が鮮明になっていく。俺の部屋ではない。数秒経って、ここが自室でないことに気づいた。


「うぅむ」


 そうだ、クソガキたちがアイドルレッスンのために合宿をやりたいなどとわけの分からないことを言い出して、俺もそれに巻き込まれたんだった。


 今日は土曜日。


 ここは源道寺家、朝華の寝室。


 そして――


「すぅすぅ」

「むにゃむにゃ」

「すやすや」


 俺を取り囲んで気持ちよさそうに寝息を立てているクソガキたち。


 右に朝華、左に眞昼、そして俺の胴体の上に未夜、という配置である。時計を見ると七時ちょうどだ。


「お前ら、起きろ。朝だぞ」


「ううん」

「ふわぁ」

「朝ですか?」


 掛布団をどけて体を起こそうとした途端、冬の冷気が俺たちを包んだ。


「寒い!」


 それもそうだろう。


 起床して布団から出るという行為は、毎朝のことながらきついものだが、冬の早朝の寒さはそれをいっそう辛くさせる。それまで四人で密着してあたたまっていたのもあって、体感する寒さはひときわだった。


「寒いよ」と言って未夜が掛布団を元に戻す。


 俺たちは結局元の体勢のまま布団の中に。昨晩寝る時はこいつらに密着されて暑いし重いと思ったものだが、こうして朝の冷気に身が縮こまる時は子供の体温の高さがありがたく感じるな。


「さみぃな」


「もうちょっとこうしてましょう」


 朝華が言う。


「そうだな、お前ら俺をあっためろ」


 布団の中でクソガキたちと密着する。


「でもこれじゃずっと布団から出れないね」と未夜。


「寒いもんな」


 眞昼が俺の腕に抱きつきながら言った。


「そういえば、今日はエアコンのタイマー付けとくの忘れてた」


 しまった、という表情で朝華が言う。どうやらいつもは朝方に暖房が作動するようにエアコンのタイマー機能をセットしておくらしい。昨夜は俺たちと一緒にずっと遊んでいたため、忘れてしまったのだろう。


 暖房さえ入ってくれれば、布団から出る気が起きるのだが……


「勇にぃ、エアコンのリモコン持ってきて暖房つけてよ」


「言い出しっぺのお前が行ってこい、未夜」


「寒いからやだ」


「俺だってやだぞ」


 肝心のリモコンはベッドから少し離れた棚の上にあるため、結局布団から出て寒い中を歩いていかなくてはならないのである。


 誰かが寒い目に合わなければ全員が布団から出られない。かといって、その誰かになるのは全員がごめんなので、結局俺たちは布団の中でぬくぬくと無駄な時間を過ごすのであった。


「ん? おい眞昼?」


 見ると、眞昼は二度寝をしていた。俺の腕に絡みつきながらすやすや寝息を立てている。


 寒い朝、あたたかい布団に潜って二度寝をするのは最高の快楽だ。


 しかし、そろそろ起きないとまずいだろう。


 源道寺家のお手伝いさんたちが朝食の準備を始めているはずだし、冷静になって考えてみると、女子小学生のベッドの上で、三人の女児にひっつかれているこの状況をもしお手伝いさんたちに目撃されたらと思うと、あらぬ誤解を受ける恐れがある。


「おら、お前ら起きるぞ」


「えー」

「寒いです」


「お前ら一応合宿のつもりでお泊まりしてるんだろ? 合宿の朝ってのは早いもんだぞ」


「合宿の朝って何やるんですか?」


「そりゃお前、朝の練習に決まってんだろ。眞昼も起きろ」


「ふぇ?」


 掛布団を跳ね除け、俺たちはようやく起床した。



 2



「うー、寒い!」


 両肘を抱きながら未夜が言う。


 つんと鼻にくる寒気が朝の富士宮を満たしている。空は青く晴れているが、日差しにぬくもりが一切感じられない。


 朝食を食べ終えた俺たちは、さっそくウォームアップをすべく外へ出たのだ。朝華の両親はまだ帰ってこないな。


「でも火曜日はいよいよお楽しみ会だ」


 眞昼がそう言うと、クソガキたちの目に火が付いた。


「よーし、未夜、朝華、公園まで走るぞー」


「おー」

「おー」


「……食後に思いっきり走ると吐くぞ」


 いつもの公園に向かう俺たち。その道中、


「あっ、光だ」と眞昼。


「やっ、みんなお揃いで」


 ジャージ姿の下村光とばったり会った。肩にはバッグをかけ、背中にはラケットを背負っている。聞くと、これからソフトテニス部の練習の手伝いに行くのだという。


「それにしても、こんな朝から早いね」


 不思議そうな表情になる光。


 まずいな。朝華の家に泊まったなんてことを知られたら、それこそあらぬ疑いロリコン疑惑をかけられる恐れがある。


「み、みんな早起きしたんだよな」


「だって昨日はみんなで私の家で合宿したんです」


 朝華がぶっこむ。


「ああ、お泊まり会をしたんだね」


「お泊まり会じゃないよ。合宿だもん」


 未夜も言った。


「合宿?」


「アイドル合宿だ」


 腕を組み、ちょっと得意げに眞昼が言う。


「え? 何それ」


 光は興味津々といった顔だ。


「お楽しみ会でアイドルをやるからその練習です」


 朝華が説明をする。


「へぇ、お楽しみ会か。懐かしいねぇ。私は劇とかやったなぁ」


「私たちは歌って踊るんだよ。こんな感じで」


 未夜が振り付けをその場でやって見せる。


「わぁ、上手い上手い」


「お、おい下村、急がなくていいのか――」


「へ? あ、そうだった」


 よしよし、早く行くんだ!


「じゃ、私は部活の手伝いに行くね」


「それにしても勇にぃのレッスンは厳しかったぜ」


 眞昼の言葉に、振り向きかけた光の足が止まる。


「有月くんが教えてあげたの?」


「え? あ、ああ、やっぱ大人がちゃんと教えてあげねぇとって思ってな。俺は別にアイドルとか興味なかったんだけど――」


「昨日も夜まで勇にぃに地獄の練習をさせられたなぁ」


 地獄の練習をやりたがってたのはお前らだろうが。


 というか、光の前だからってちょこちょこ話をするんじゃねぇ!


「え? もしかして、有月くんも朝華ちゃんの家に泊まったの?」


 光の表情が少し硬いものになる。


「いや、こいつらにどうしてもって頼まれてな。それに泊まったって言っても――」








「昨日は四人で一緒に寝て、楽しかったですね」


 朝華が爆弾を放り投げる。








で一緒に、寝た?」


「いやその」


「勇にぃ、寒いからあっためてくれって言って、あたしたちがくっついて寝たんだよな」


 それは今朝のことだろうが……じゃない、そんなことより今は――


「え? 有月くん、三人と一緒に寝たってこと?」


「ち、違――」


「やっぱりロリコンだったんだ」


「違うんだ、待てって!」


 違うんだあああああああああああ。



 *



 その後、必死に説明をして誤解はなんとか解けた。




 

 ***


 お知らせ



 クソガキ4巻の発売まであと5日。


 皆様、もう予約はしてくださいましたでしょうか。


 メロンブックスさん、とらのあなさん、ゲーマーズさんではタペストリー付き限定版がまだまだ予約受付中です!


 さて、ここでお知らせです。


 私のツイッターを見てくださっている方はもう知っているかと思いますが、なんと『10年ぶりに再会したクソガキ』のサイン本を販売していただくことになりました!


 静岡県に展開する書店、谷島屋さんにて、1巻と4巻のサイン本を販売していただきます!


 詳細は私のツイッターか、谷島屋さんの各店舗様のツイッターをチェックしてください!


 今のところ予約受付が開始しているのは、


 谷島屋富士宮店様


 谷島屋マークイズ静岡店様


 谷島屋ららぽーと沼津店様


 となっております。


 上記以外の店舗でも販売する予定なのですが、まだ告知が解禁されていないので、取り急ぎこの3店舗様をお知らせしております!


 まさかサイン本を書かせていただくことになるとは思ってもみなかったです。それも地元静岡県の有名書店谷島屋さんとは……!


 嬉しさと気恥ずかしさが入り混じっているぜ!


 サイン本はけっこうな量を書いたので店頭販売分もあるとは思いますが、予約をしていただくのが確実かな、と思います。


 よろしくお願いします!

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