第216話 下準備
1
なんだ?
なんだかすごく胃が痛い気がする。
痛い、じゃなくてあくまで、気がする、だが。
なんだかとてつもなく重たい空気が俺の部屋を満たしているような気がするのだ。
朝華と眞昼がいるからか?
あの二人は俺を巡って恋の鞘当てをしているのだから、恋敵同士が鉢合わせ、というこの状況は、昼ドラによくあるような修羅場が発生してもおかしくない。
この胃の幻痛はそれを察知してのことなのか?
いや、眞昼や朝華は争ったり嫌い合ったりはしていない、と言っていたじゃないか。
二人は一緒にここへやってきたし、少なくとも仲が悪そうには見えない。
では、この緊張感はいったいどこから……?
「眞昼、今日は部活休みなのか?」
俺は場の空気を変えるため、とりあえず何か喋ることにした。眞昼と朝華はそれぞれテーブルに着く。
「今日は午後から練習だよ。で、明日は朝から一日ぶっ通し」
「来週から春高だもんね」と朝華。
「みんなで応援に行くよ」
未夜も言う。
よかった。
朝華と眞昼の様子を見る限り、いがみ合ったり、嫌い合ったりしているような感じはない。
「頑張れよ。俺も応援に行くからな」
「みんな、ありがと」
場の空気は和やかなものになったが、俺の胃の幻痛は消え去ってはくれない。むしろ、本当に痛み出したような気さえする。
「ところで」と朝華が口を開く。
「そろそろお昼前ですから、眞昼ちゃんが部活に行く前にみんなでお昼を食べに行きませんか?」
時計を見やるともう十一時前だった。
「そうだな。じゃあ行くか」
俺たちは昼食を食べに外へ出た。
2
昼食を摂り、眞昼を北高まで送り届けたところで朝華が言った。
「勇にぃ、私の家にも寄っていただいてもいいですか?」
「いいぞ。どうした?」
「ちょっと忘れ物がありまして」
車を源道寺家へ向けて走らせる。
「朝華が忘れ物なんて珍しいね」
「ふふ、未夜ちゃんのおっちょこちょいが移ったのかも」
「私がおっちょこちょいなわけないでしょ」
いや、おっちょこちょいだろ、というツッコミを喉でせき止め、運転に集中する。
「着いたぞ」
「ありがとうございます。ちょっと待っててくださいね」
朝華は車から降りると、ぱたぱたと家に向かっていった。
昼食の最中も朝華と眞昼の仲を注意深く観察してみたが、二人は今まで通り仲良しな姉妹、といった感じで、とても恋敵同士には見えなかった。俺の前でだけそう振る舞っているという可能性は捨て切れないけれど、そんなことはないと信じたい。
「勇にぃ、ちょっと暖房入れていい?」
後部座席にいた未夜が助手席と運転席の間に上半身を入れてきた。十月も終わり、肌寒いのだろう。
「おいおい、やってやるよ」
「ありがとー」
その時、俺はぎょっとしてしまった。というのも、未夜はⅤネックのブラウスを着ているのだが、暖房のスイッチを押すために前のめりになった結果、Ⅴ字の空間から彼女の深い谷間が覗いている状態になったのだ。
早く元の位置に戻ればいいのに、なぜか未夜はその体勢のまま動かない。
「勇にぃ? どうしたの?」
「い、いやなんでもない」
俺は未夜から顔を背け、暖房のスイッチを押した。そこまでしてようやく未夜は後部座席に戻る。
俺の馬鹿。
朝華や眞昼とは違うんだ。
未夜を変な目で見るのは絶対に駄目だ!
*
「お待たせです」
朝華は三分ほどで戻ってきた。大きな紙袋をいくつも手に提げている。
「朝華、何それ」
未夜が尋ねる。
「お土産だよ」
「お土産? 朝華、どこか行ったの?」
「ううん、私じゃなくて姉が」
「姉っていうと、湘南旅行で会った人か?」
「いえ、もう一人の姉です」
「鏡華さんだね」と未夜。
朝華には二人姉がいると聞いていたが、以前湘南の別荘で会ったのが灯華さん、もう一人は鏡華さんというらしい。当時、俺は酒に飲まれてしまって記憶が曖昧だった。
鏡華さんの方はまだ会ったことがないな。
「東北に旅行に行っていたみたいで、いろいろ実家に送ってくれたらしいんです。だからみんなにもおすそ分けをしようと思って。これが未夜ちゃんち、これが眞昼ちゃんち、これが勇にぃとおば様たち……」
「いっぱいくれたんだね」
「とりあえずうちに戻るか」
俺はシビックを走らせ、我が家へ戻った。
3
「よーし、休憩」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
いよいよ来週から春高の予選が始まる。少なくともこれから先一週間はバレーだけに集中したいけれど、未夜のことがあるからそうも言ってはいられない。
それに未夜の件を抜きにしても、早く箱根旅行の続きを勇にぃにけしかけないと、うやむやになる恐れがある。
かといって練習が忙しくなるこの時期、なかなか時間を作ることも難しい。
どうしたものか。
*
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