第196話 昼夕の策
1
ここは箱根……ではなく、静岡県三島市のとある体育館。
「ナイッシュー」
あたしたち北高女子バレー部の箱根合宿は、無論というか、観光地である箱根で練習などできるはずもなく、箱根の隣町である三島市の体育館で練習をして、そのあと箱根に移動して旅館に宿泊、という段取りになっていた。
とはいえ、今回の合宿は予選を前に心と体を癒して英気を養うのが目的なのでがっつりと練習をするわけではない。
いつもの練習量と比べれば軽く汗を流す程度である。
「まっひー、先生呼んでるよ」
「ん? ああ。今行く」
その後、正午まで練習をしてから三島で昼食を摂り、あたしたちは箱根行きの貸し切りバスへ乗った。
車窓を流れていく風景を眺めながら、夕陽ちゃんとの作戦会議を思い出す。
*
――数日前の昼休み。
あたしと夕陽ちゃんはいつものように中庭で待ち合わせをして、箱根でどう動くべきか、その最終確認を行った。
「やはり重要なのは、眞昼先輩が好きな男の人、この人からの印象を悪くしてはいけないということですね。その人からしてみれば、箱根の旅行は自分の誕生日プレゼントの一環であって、そこに痴情のもつれみたいなどろどろとしたものを持ってこられるのは気分がよくないです」
「たしかに」
「これは要約すると、眞昼先輩のライバルの女の人と眞昼先輩が接触するのはNGということです」
「あたしもたぶんあっちで会っちゃったらお互い気まずくなると思うから、そこは注意するよ。というか、あたしが箱根で合宿することをその子は知らないと思うから、大丈夫なんじゃないかな」
「眞昼先輩が箱根にいることをライバルの子は知らない……そこがこちらの最大のアドバンテージですね。でも眞昼先輩のアイデアはリスクを伴いますからね。十分注意してください」
「うん」
今回の箱根旅行において、あたしには一つの策があった。まぁ、策、というほど手の込んだものではないんだけど。朝華が勇にぃを落とそうと画策したこの旅行で、あたしができる唯一の有効打。
問題は……
「問題はいかにしてライバルの女の子を避けて、眞昼先輩が好きな人と接触するか……」
「そこなんだよね」
勇にぃたちが泊まる宿については、華吉さんにそれとなく聞いておいたので、場所は分かっている。あたしたちが泊まる宿とそう遠くはない。芦ノ湖周辺の旅館にあたしたちも朝華たちも泊まるのだ。
「タイムリミットは事が始まる夜まで。二人は常に一緒に行動をしているでしょうし、なんとか時間を作りたいですが、こればかりはその時その時の状況によりますし、眞昼先輩も合宿を抜け出すのは難しいんじゃないですか?」
「一応、夕食後は自由時間になるんだ」
「そうでしたか」
「あ、あとさ――」
あたしは未夜がその旅行は二人きりではなく未夜が参加していること――未夜の名前は出さずに――を付け加えた。
「えっ!? 男一人に女二人なんですか?」
「うん」
「え? え? え? なんですかその男の子。モテすぎじゃないですか」
夕陽ちゃんはぎこちない表情になる。
「いや、そのもう一人の子の方は妹みたいな感じだから、たぶんそういうんじゃないって」
「……なんだか、夕陽のキャパを超える話になってきました。え? え? ちょっと待って。眞昼先輩たちはどういう関係なんですか?」
夕陽ちゃんは食い気味に聞いてくる。
「一から説明すると長くなるんだけど、まぁ、簡単に言うと昔よく一緒に遊んでいた仲って感じ?」
「あー、子供の頃は男女関係なく仲良くしてたけど成長して恋敵に、というパターンですか。あー、はいはい。一番荒れるシチュエーションですね。子供の頃から仲良しなら、一緒に旅行に行くのも分かる気がする……かな。うーん」
夕陽ちゃんは勝手に納得し始めた。
未夜はたぶんだけど、勇にぃのことは普通に兄として接してるだけだと思う……?
今年の三月に勇にぃと十年ぶりに再会した時から未夜の様子を横で見てきたけど、朝華のようにアタックを仕掛けているのは見たことがないし、未夜からそういう話を聞いたこともない。
良くも悪くも、勇にぃと未夜の関係は十年前のままだ。
ま、本心はどうだか分からないけど。以前のあたしみたいに関係を壊したくなくて気持ちを表に出したくない、と未夜が思ってる可能性だってある。
仮に未夜が勇にぃのことを好きだとしても、あたしがやることは変わらない。最後にあたしを選んでもらえるように、アピールするだけ。
「ちなみにこれはあんまり関係ない話なんですが、夕陽の親戚のお兄さんも同じ日程で箱根に旅行に行くらしいんですよ」
「へぇ。そうなんだ」
「箱根ってやっぱり人気なんですねぇ」
「ねぇ」
迫る箱根合宿。
朝華を出し抜いて勇にぃに接触する。
これはなかなかに難しいミッションだ。
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