第180話  クソガキは忍びたい

 1



 金曜日。学校から帰宅途中、俺はコンビニに寄った。


「これと、あとは……」


 自分の夜食用のカップ麺や飲み物と、クソガキたちがどうせ今日もいるだろうから、あいつらのおやつにお菓子を適当に買っていく。ポテチやチョコ系のスナックを適当にカゴに入れた。


「ありあとっやしたー」


 コンビニを後にし、家へ向かう。


「ただいま」


 店の方から帰宅する。


「おかえりなさい」


 今日はさほど忙しくないようで、母は近所の奥様客と雑談をしていた。


 二階に上がり、自分の部屋へ。


「あれ?」


 ドアを開けた瞬間、俺は虚をつかれたよう静止する。こんなことがあるのか。というのも、部屋には人っ子一人いないのだ。


 しん、と耳が痛くなるほどの静寂に包まれた室内。朝、家を出た時と全く同じ光景が目の前には広がっていた。


「なんだ、あいつら来てねぇのか」



 てっきり、クソガキたちがいるものだと思っていた。


 珍しいこともあるもんだ。普段は俺の部屋をまるで自分たちの部屋であるかのように我が物顔で占拠しているクソガキたちだが、どうやら今日はまだ来ていないらしい。


 一度来て帰ったということでもなさそうだ。


 あいつらが来たら、だいたいベッドは荒らされてるし、ゲームをしたり漫画を読んだりした形跡が残っているはず。


 それがないということはあいつらは今日はまだ来ていないということか。


 テーブルにコンビニの袋を置き、ブレザーを脱ぐ。ベッドの縁に腰を下ろして、枕もとにあった読みかけの文庫本を手に取った。


 時刻は午後三時半。


 クソガキたちはとっくに学校が終わってる時間だろうに。もしかすると春山家の方で遊んでいるのかもしれないな。


 まあいい。


 あいつらがいなければいないで、静かで自由な時間が過ごせるのだから。


 俺はポテチの袋を開け、読書を始めた。



 *



 どたどた、と足音が聞こえた。俺はぱっとドアの方を見やる。俺の予想通り、ややあってドアは開かれた――が、


「勇」


 現れたのは母だった。


「なんだ、母さんか」


「なんだとは何よ」


「何?」


「ちょっと回覧板を回してきてくれない?」


「ええ、俺が?」


「お父さんもお母さんも忙しいのよ」


「しょうがないな」


 俺はしぶしぶ立ち上がった。


 お隣さんに回覧板を回してから部屋に戻る。さて、読書の再開だ。



 パリパリ。



「あれ?」


 もうこんなに食っちまったっけか。ポテチの袋はすっからかんだった。



 パリポリ。



 読書に熱中しすぎたか?



 パリパリ。


 パリパリ。



「……」


 俺はクローゼットの前に立ち、勢いよく左右に開いた。


「うわっ、見つかった」


 そこには口いっぱいにポテトチップを詰め込んだ眞昼が隠れていた。


「何やってんだ、お前」


「むぐぐ、なんで分かったんだ」


「分かるわ! パリパリパリパリパリパリパリパリ、めちゃくちゃ音が鳴ってたぞ」


「くそー」


 するとベランダの窓がざっと開いて、


「眞昼、見つかったか」


 これまたポテチを口に詰め込んだ未夜が部屋の中に入ってきた。


「おわっ、未夜、お前なんでそんなとこに」


 待てよ、こいつら二人がいて朝華がいないなんてことはない。


「おい、朝華、どこに隠れてるんだ」


「ここです」


 足元から声が聞こえてきたかと思うと、ベッドの下から朝華がにゅっと出てきた。


「おわっ。び、びっくりした」


「えへへ」


「おいおい、髪に埃がついてるぞ」


 朝華の体についた埃を払ってやる。


「なんだお前ら、いつからいたんだ」


「勇にぃが帰って来た時からいたぞ」と眞昼。


「ずっと隠れてました」


「マジか……いや、靴が玄関になかったぞ?」


「ベランダに隠したのさ」


 未夜は窓の方を見やる。


「ふっふっふ」


 そして未夜は両手を組み合わせて印を結ぶ。


「私たちは忍者だ」



 2



「眞昼、朝華、任務は失敗だ。いったん引くぞ」


「おう」

「おう」


「おっ、おいお前ら」


 素早く部屋から出ていくクソガキたち。やれやれ、今度は忍者に影響されたのか。分かりやすい奴らだ。


 と思ったら、三人はすごすご戻ってきて、


「靴忘れた」


 ばつが悪そうにベランダにあった靴を取りに来た。


「おめーら、忍者ごっこか」


 忍者。


 それは読んで字のごとく、忍ぶ者。だから俺の部屋に忍び込み、息を潜めて隠れていたというわけか。こういうのとはちょっと違うが、俺も昔はよく忍者ごっこをやったな。某忍者漫画に影響されて、印の練習をしょっちゅうやってたぜ。


 懐かしい。


「ならいいものがあるぞ」


 俺はクローゼットの奥から子供の頃のおもちゃが入ったケースを引っ張り出す。取り出したのはクナイのおもちゃだ。これはその某忍者漫画のアニメの食玩で、俺が子供の時に集めていたものである。ほかにも手裏剣や額当てなど、様々な忍者なりきりグッズが出てきた。


「あっ、いいな」


 未夜が飛びついてくる。


「勇にぃ、ちょうだい」


「待て待て、これは忍者王である俺のものだ。これが欲しかったら忍者らしくこの部屋に忍び込んで、奪いに来るんだな」


「なんだと」


 眞昼が言った。


「自信がないのか? へっぽこ忍者め」


「くそー、二人とも、いったん戻って作戦会議だ」


「おー」

「おー」



 2



 未夜、眞昼、朝華の三人は春山家で作戦を練っていた。折り紙で忍者の武器の手裏剣を折りながら、忍者王『有月』を始末する暗殺作戦を。


「勇にぃは部屋で待ち構えてると思うんだよね」


「だから、まずはあたしが突撃して勇にぃを押さえておくから未夜は後ろから手裏剣で援護を頼む」


「分かった」


「朝華はその隙に部屋の奥に忍び込んで、後ろから勇にぃを斬るんだ」


「うん」


 朝華は新聞紙を丸めて作った刀をぎゅっと握る。


「よし、行くよ」


「おー」

「おー」


 そうして三人は敵の根城である〈ムーンナイトテラス〉へ忍び込んだ。ポケットに詰められるだけの折り紙手裏剣を詰め、両手には段ボールで作った籠手を、そして腰には新聞紙を丸めた刀を。


 クソガキ忍者……もとい、くのいち団は店の方ではなく、玄関から中に入った。


「しっ」


 未夜は人差し指を口に当てる。


 どこから敵が出てくるか分からない。抜き足差し足で侵入するのだ。


 敵に侵入がバレないよう、静かに歩を進める。階段の手前まで来た三人は、上に目をやった。


「ここから先は一気に行くよ」


 未夜が言うと、眞昼がまず前に出た。腰の刀を構えてゆっくりと階段に足をかける。未夜と朝華は手裏剣を手に持ち、眞昼の後に続いて階段を上った。


 ミシっ。


「!」

「!」

「!」


 踊り場まで上ったところで、階段が軋んだ音が静寂に響いた。


 今ので敵にこちらの侵入がバレてしまったかもしれない。


 かすかな音でさえ、忍者にとっては命取りなのだ。


「……」


 幸い、敵が姿を現すことはなかった。まだ気づいていないようだ。


「よし、行くぞ」


「うん」

「うん」


 三人は階段を上り切る手前のところで足を止めた。眞昼は壁に身を寄せ、廊下を覗く。


「あっ」


「どうした、眞昼」


「やばいぞ、罠が仕掛けてある」


 目指すべき有月の部屋までの廊下にはまきびしがばらまかれていたのだ。無論、これは有月が子供の頃に遊んでいたゴム製のまきびしなので安全性は担保されている。が、それでも踏むとけっこう痛い。


いたっ」


「未夜ちゃん、大声を出すと敵にバレちゃう」


「だってぇ……痛い」


「くっ、忍者王め」


 三人はできるかぎりまきびしを踏まないように、慎重に廊下を進む。


 そうしてなんとか部屋の前まで辿り着いた三人は、扉の左右を挟むようにして突撃の準備をする。


「作戦通り、あたしが突入する。援護を頼む」


「うん」

「任せて」


 そして眞昼は単独で部屋に入った。


「でやー……あれ?」


 しかし、そこに敵の姿はない。


 誰もいない室内で、眞昼は神経を過敏に働かせていた。そして、彼女の視界は不自然に揺らいだカーテンを捕らえた――


「そこだー」


 眞昼は新聞紙刀をカーテンに向かって叩き込む。たしかな手ごたえがあった。


「ぐあっ」


 有月は部屋とベランダの境目にいた。窓を全開にし、サッシの部分に立って隠れていたのだ。


「よくやってきたな、へっぽこ忍者よ」


 ノリノリで悪役を演じる有月。


 手にはクナイを持ち、バンダナを巻いて口元を隠している。そして頭に巻いた額当て。


 有月はノリノリだ。


「えい」


 作戦通りに手裏剣で援護をする未夜。


 だが、


いてっ」


「あっ、ごめん、眞昼」


 未夜と有月を結ぶ直線上に眞昼がいるという位置関係のため、手裏剣は全て眞昼の背中に命中してしまった。また、有月がベランダを背にしているため、朝華も背後を取れずにいる。


「ふはははは」


 作戦通りの動きができないクソガキくのいち団の隙をつき、有月は眞昼を抱きかかえる。


「うわぁ」


「眞昼!」

「眞昼ちゃん」


「こいつは人質だ。おとなしく降参するんだな」


「くっ、卑怯な」

「眞昼ちゃん!」


「さぁ、こいつの命が惜しければ武器を全て捨てて降参しろ」


 眞昼を盾にするかのようにかかえる有月。


「諦めるしかないのか」


 未夜が手に持った手裏剣を床に捨て、朝華も刀を引っ込める。投降する以外にもはや道はない。


「ふっふっふ、悪いようにはしないさ」


 その瞬間――


「えい」


 眞昼は刀を逆手に持ち、自分の足の間に向けて突き立てた。そこにあるのは、有月の――


「ぴょっ」


 股間に突きを食らった有月はたまらず眞昼を放した。


「よし」


「ぐあああああああああ」


 鮮烈かつ、じわじわと広がる鈍い痛みに悶絶する有月。彼は自然の本能からか、ベランダへ後退する。その瞬間をクソガキくのいち隊は見逃さなかった。


 眞昼は素早く窓を閉め、鍵をかける。


 悪を締め出すことに成功し、クソガキくのいち隊は勝利を収めたのであった。



 3



「うおおおおおお」


 あ、あのクソガキども。


 そこは反則だろうが。


 股間の痛みが引くまで、三分ほどの時間を要した。


「ぐぅ」


 こうなったら、かくなる上はあの秘密兵器で目に物を見せてくれる。


 俺は窓に手をかけた。


 ガチっ。


「ん?」


 鍵がかかっている。あいつら、俺を締め出しやがったのか。


「おい、開けろ」


 するとカーテンが開かれ、クソガキたちが勝ち誇ったように立っていた。


「ふっふっふ、入れてほしかったら負けを認めるんだな」


 眞昼が言う。


「なんだと」


「あたしたちの勝利だ」


「ぐぬぬ。開けろこら」


 俺は窓を叩いたり揺さぶったりするが、クソガキたちはにまにまとするだけだった。


 糞、このまま敗北で終われるか。


 ベランダから地上に下りてまた家の中に入れば、まだ勝機はある。高さは三メートルもないから、ぶら下がって飛び降りれば大丈夫だろう。


 そうして俺はベランダから身を乗り出した。


「ん?」


 すると、青い顔をした近所のおばさんと目が合った。まるで恐ろしいものを見ていたかのように目を見開き、怯えたように手を口元にやっている。


「あ、ど」


「ど?」


「ど、泥棒」


「は?」


 遅れて俺は自分の現在の風貌に気づく。口元をバンダナで覆い、額当てを巻いている姿は、まるで顔を隠しているかのようではないか。


 そして先ほどまで窓をガンガンと叩いたり揺らしたりしていた様は、まさに泥棒そのもの……


「ち、違うんだよ、おばさん。俺だ」


 俺は額当てとバンダナを外して素顔を見せる。


 しかし時すでに遅し、すでにおばさんは店の中に入ったところだった。


「有月さーん、強盗よー!」



 *



 このあと滅茶苦茶母に怒られた。




 


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