第149話  新学期、始動



 約一か月のお休みをいただきまして、作者は元気盛り盛りでございます。クソガキのプロットもねりねりできたし、カクヨムコン用の作品執筆も捗りました!


 休載に付き合ってくださった皆様、ありがとうございます。


 さぁ、お待たせしました。


 「10年ぶりに再会したクソガキは清純美少女JKに成長していた」第二部、開幕です!





 1



 どんどん、と部屋の扉がノックされ、俺は目を覚ました。


「なんだよ」


 朝っぱらからうるさいな。


 時計を見ると朝の六時だった。母が俺を起こしに来たのだろうか。それにしては荒っぽい。


「起きるよ、ていうか、もう起きてるよ」


 しかしノックは止まず、重い音が扉を打ち付ける。これはもはやノックというよりも思いきり叩いているのでは?


「なんなんだよ、全く」


 寝ぼけ眼で立ち上がり、扉を開ける。


 するとそこには、


「有月勇さんだね?」


 見知らぬ男が数人いた。


 濃い青を基調とした物々しい装い。まるでそう、警察のような。


「は?」


 彼らを俺を取り囲む。すると次の瞬間、がちゃん、と硬い音がした。見ると、俺の手には手錠がはめられているではないか。


「私たちは神奈川県警の者です」


 若い警察官が警察手帳を開いて見せる。


「え?」


「えー、六時十二分。青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕する」


「は? ちょ、ええ?」


「君、女子高生とえっちしたでしょ。駄目だよ」


「いや、し、してないしてない」


 ま、まさか湘南の夜のことがバレてしまったのか。


 しかし、朝華とはまだ一線を越えていないぞ。


「嘘を言うんじゃない!」


 中年の警察官が眉間にしわを寄せる。


「本当なんです。直前になって電話が鳴って、それで中断に――」


「なにをわけの分からないことを。いいから来なさい」


 強く引っ張られる。部屋の外では父と母が身を寄せ合って泣いていた。


「ちょっ」


 違うんだ、話を聞いてくれ。


「暴れるんじゃない」


「話を聞いてください」


 外に出ると、人だかりができていた。


 皆、好奇と侮蔑の入り混じった目をしている。その中には、未夜と眞昼の姿もあった。


「勇にぃ、嘘でしょ」


「違うんだ、未夜」


「見損なったよ、勇にぃ」


「誤解なんだ、眞昼」


 人混みの中には夕陽もいた。


「こうならないように忠告しておいてあげたのに」


「だから、手は出してないんだって」


「続きは署で聞くから」


 そして俺はパトカーに押し込められる。


「早く乗りなさい」


「うぐっ」


 その時、カメラを回した男とマイクを持った女が視界に入る。


「えー、こちら現場です。たった今、犯人の有月勇容疑者が、パトカーに乗り込みました」


 まさかあれはニュースレポーター?


「えー、有月容疑者は先月、神奈川県の民家で未成年の少女とみだらな行為をしたとして――」


「違うんだ」


「こら、暴れるな」


「違うんだあああああああああ」











 *



「あああああああああああ、夢か」


 俺は飛び起きた。


 全身に汗をかき、心臓がばくばくと悪い意味で高鳴っている。なんて夢を見るんだ。これはシャレにならないぞ。


「はぁ、はぁ」

 

 それにしても夢でよかった。あの夜、欲に流されて朝華に手を出していたら、こうなる未来があったかもしれない。非通知で電話をかけてきた某のおかげだ。


 ほっと息をついたのも束の間、扉がノックされる。


「ひっ」


「勇、起きなさい」


 なんだ母か。


「起きてるよ」


 身支度を済ませ、仕事を始める。


 九月。


 長かった夏が終わったが、それはあくまで暦の上の話である。空高くに昇る太陽、肌にまとわりつく熱気、絶えず耳に届く蝉の声に変わりはなく、残暑はしばらく続きそうだ。


「おはようございまーす」


 店の前を掃除していると、ランドセルを背負った子供たちが通り過ぎていった。沈んだ顔をしている子、楽しそうにしている子などなど、その表情は様々だ。


 客入りも子供たちのお客さんが減ったぐらいで、あまり変化はない。


 忙しさも普段通り。


 変わったのは、俺の心境だろうか。


 気を抜くと、朝華のことばかり考えてしまう。いや、別に変な意味とかではないのだが。

 朝華に気持ちを伝えられたものの、俺はそれに対する返事を未だしていない。朝華は未成年で現役の女子高生だ。本当であれば、気持ちに応えることはできないときっぱり断るのが大人として正しい対応なのだが、なぜかそれはできなかった。


 今朝見た夢がになる可能性だってあるのに。


 俺はどうしたいのだろう。


 朝華の俺への想いは知り合いに向ける好意ではなく、本気の恋心だった。


 俺は、朝華のことを可愛い妹分だと思っていたし、あのことがあった今でもそう思っているのだが……


 不思議な気持ちが俺の心の底に沸きつつある。


 しかし、この気持ちが何なのかはまだよく分からない。



 2



 もわっとした空気が辺りに立ち込めている。


 九月になったけど、まだまだ暑い。遊ぶためにこの暑さの中を出歩くのは耐えられるけれど、夏休みも終わり、学校に通うようになると、早く冬になってほしいと願うばかりだ。

 

 汗をかきながら、学校へ続く坂道を歩く。


 首に巻いたタオルで汗を拭きながら、私はなんとか学校までたどり着いた。


「いっちにー、さんしー」


 真横を陸上部の集団が通り過ぎていく。


「うわっ」


 グラウンドに目をやれば、こんな朝っぱらからサッカー部が練習している。汗と砂埃にまみれ、全力でボールを追いかけていた。


 テニスコートでは女子テニス部が練習しているし、野球場の方からは地鳴りのような声が響いていた。


 みんな、すごい体力と気力だなぁ。


 私なんて学校に来るだけで汗かいちゃうのに。


 でもでも、私もこの夏でパワーアップした。勇にぃのおかげで25メートルを一人で泳げるようになったもん。


「おはようございます、未夜先輩」


 弾んだ声が聞こえた。


 昇降口で上履きに履き替えていると、夕陽とばったり会った。金色の髪をツインテールにまとめ、まるで妖精のようだ。


「あ、おはよう、夕陽ちゃん」


「久しぶりですね」


「そう? 夏休みの間も学校でちょくちょく会ってたような」


「夏休みどこかに行きました?」


「うん。あっ、そうだ。お土産があるんだよ」


「お土産ですか!?」


 私はバッグからあるものを取り出す。それを夕陽は期待に満ちた目で見守る。


「はいこれ。湘南旅行のお土産」


「ええ、あ、ありがとう…………ございます」


 よかった、しらすせんべいは喜んでもらえたようだ。


「……っていうか、未夜先輩湘南に行ってきたんですね」


「え? 夕陽ちゃんも?」


「いえ、私じゃなくて、親戚のお兄さんが行ってきたみたいで。なんか知り合いの人たちと家族ぐるみで旅行してきたみたいです」


「へぇ、そうなんだ。実はうちもそうなんだよ。友達とその家族でさ。みんな考えることは一緒なのかねぇ」


 もしかしたら夕陽のお兄さんと同じタイミングだったかもしれない。


「そうかもしれませんね」


 それにしても夕陽の親戚のお兄さんか。きっと夕陽に似て金髪の美青年なんだろうなぁ。ま、私はそういうタイプには興味ないけどね。


「あの一つ聞いていいですか?」


 夕陽は神妙な顔でこちらを見上げる。綺麗な青い瞳だ。


「なに?」


「しらすせんべいって湘南で流行ってるんですか?」


「??」


「いえ、お兄さんもしらすせんべいをお土産に買ってきたので」


「そうなの? 流行ってるかどうかはよく分からないけど、でも美味しいよ」


 私はぐっと親指を立てる。


「あはは、ありがとうございます」


 それから教室に入り、仲のいい女友達たちにもしらすせんべいを配って回った。



 3



 放課後、ミス研の部室に寄った。皆、静かに読書をしたりパソコンを使って執筆作業をしたり思い思いに過ごしている。部員たちにもしらすせんべいを配る。


「あんた、湘南に行ってきたのね」


「うん、楽しかったよー。あっ、星奈ちゃん、実はね」


 星奈に例の共作の原稿を手渡す。


「なにこれ」


「この夏にね、長編を書いてみたんだ」


「へぇ、あんたが長編なんて珍しいわね」


「読んで感想聞かせてよ」


「今から?」


「時間余ってるでしょ?」


「はいはい、分かったわ」


 星奈はコーヒーを片手にソファーに深く腰を下ろす。


「ふんふん」


 それから三時間近くが経過した。私は勉強をしたり読みかけの文庫本を読んだりして時間を潰していた。部員たちはだんだんと帰りだし、いつの間にか私と星奈だけになる。


 時刻は午後六時半。


「未夜!」


「わわっ」


 星奈が勢いよく立ち上がる。


「ど、どうだった?」


 私は星奈の顔を覗き込む。


 目を見開き、かすかに顔が紅潮している。興奮しているようだ。


「すごい面白いじゃない」


「そう? ありがと~」


「最初は古臭い設定かと思ったけど、いつの間にか引き込まれてたわ」


「えへへ。やっぱりミステリは館物がいいかなって」


「この懐中電灯のロジックもシンプルだけどよく出来てるし」


「あっ、その辺はね、勇にぃが考えたんだよ」


「ユニー?」


「あっ、知り合いのお兄さん。実はその小説はその人と一緒に作ったんだよ」


「へぇ、その人、かなりのミステリフリークと見たわ。ツボがよく抑えてある」


「でね、その小説、賞に出そうと思うんだ」


「もしかして『火神ひがみ英郎ひでお推理大賞』?」


 伝説的本格ミステリ作家である火神英郎が晩年に創設した推理小説の新人賞である。


「そうそう。今月が締め切りだからちょうどいいかなって」


「いいんじゃない。っていうか、出すべきよ。この作品が光を見ずに埋もれるなんて一ミステリフリークとして許せないわ」


「星奈ちゃんにそこまで褒められるのってなんか珍しい。嬉しいな」


「これはそれぐらいすごい作品ってことよ」


 ミステリに関してはとても厳しい星奈をあそこまで唸らせるなんて、自信がついた。いい線いっちゃうんじゃないかな。


 それから私は〈ムーンナイトテラス〉に寄ってから家に帰った。



 *



 ――その夜。


「湘南か……」


 夕陽はのしらすせんべいの箱を並べながら、想いを馳せる。


 青い空、白い雲、そして寄せては返す波の音。


「夕陽も行きたかったなぁ」


 それにしても、二人からを貰うなんてびっくりした。なんという偶然だろうか。きっと同じ土産物店で買ったのだろう。


 しらすせんべいを一口食べると、海の味が口の中に広がった。


「……美味しい」



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