第119話  レッツ キャンプ!!

 1



 カッと照り付ける太陽。


 ふくよかな雲が漂う青い空。


 裏手の雑木林からは鳥の鳴き声が漏れてくる。


 緑豊かな芝生が広がる平坦な土地。


「いい天気だ」


 俺はぐっと伸びをし、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。西にそびえる富士山の真上に太陽が昇っている。


「いい場所じゃん」


 車から降りて、眞昼も同じように伸びをした。豊かな胸が上を向く。


「おお、横から見てもでっけぇな、富士山」


 でかいのはお前のお山だろ、と突っ込むとセクハラになりそうなのでやめておこう。


「うーん、風が気持ちいい」


 眞昼は白いTシャツをお腹のところまでまくり、横で結んだへそ出しスタイルだ。下は七分丈のぴっちりしたデニムでサンダルを履いている。そして、左手首にはトレードマークの黒いリストバンドが。


「未夜ちゃん、着いたよ。起きて」


「ふぇ?」


 未夜と朝華が遅れて降りてくる。


「広いですねぇ」


 朝華は薄手のタンクトップの上からサマーカーディガンを羽織っている。黒いハーフパンツから覗く太ももは驚きの白さである。


「あふぅ、もう着いたの?」


「たいした距離でもねぇのによく眠れるな」


 富士宮市街からここまで三十分もかかっていないというのに。


 俺が呆れて言うと、未夜は目をぐしぐし擦って、


「昨日は遅くまで勉強してたんだもん」


 未夜は麦わら帽子をかぶり、水色のブラウスに白いスキニーを合わせた涼しげな装いだ。


 俺たちは街の北西部に広がる朝霧高原のはずれにある、とあるオートキャンプ場を訪れていた。


 キャンプ場に来てやることといえば、もちろんキャンプしかないだろう。


 右を見ても左を見ても、テントやキャンピングカーが点在している。

 絶好のキャンプシーズンのため、かなり混んでいると思っていたが人の入りはそれほどでもないようだ。利用客が少ない方が広々とスペースを使えるのでありがたい。


「よし、そんじゃ、ちゃっちゃと設営をやっちまうか」


「おー」

「おー」

「おー」



 2


 あまり暑くならないうちに設営を始めた。


 車――キャンピングカーから荷物を下ろす。これは俺たちがキャンプに行くと知った華吉が、好意で貸してくれた車だ。俺のシビックでは運べる荷物が少なくなってしまうと気を回してくれたようだ。またトイレやシャワーなどの設備もついていて、とてもありがたい。


 さらには今回のキャンプで使うテントや道具ギアや食品類なども華吉が一部用意してくれた。今度会う時にしっかりと礼を言わなくては。


「そういや勇にぃってテント張れるの? 大丈夫?」


 眞昼が不安そうに尋ねる。


「おいおい眞昼くん、俺を舐めてもらっちゃ困るぜ。ボーイスカウト経験者の俺だぞ?」


「そうなの?」


 小学校時代、祖父がボーイスカウトの隊長をしていた縁でカブスカウトに参加し、そのまま中学三年までボーイスカウトとして活動した。週末は廃品回収やハイキングに勤しみ、夏になると富士山周辺のキャンプ場に赴いて二泊三日ほどのキャンプ活動を行ったものだ。


「意外かも」


「日陰になる方がいいから、あの辺にするか」


 林の木が張り出して日陰になっているところにテントを張ることにした。さすがにこいつらと同じテントで寝るわけにはいかないので、未夜、眞昼、朝華の三人用と俺一人用の二つに分けた。

 どちらも三、四人は余裕で入れる大きさなのである。そのため俺の方はかなり余裕ができるから、空いているスペースは荷物置き場として使うことにしよう。


 できるだけ平たいところにシートを敷き、その上にテントを広げる。そしてテントの骨格となるポールを組み立てるのだ。


「未夜、ポールは引っ張ったら外れちまうから、押すように動かすんだ」


「こ、こう? っていうか、重い……」


 見かねた眞昼が手を貸す。


「ほら、持ってやるよ」


「ありがとう、眞昼」


 二本のポールをテントの中に交差するように通し、立体的になるように立たせる。


 テントを立たせた後は、ペグを打ち込み、しっかり固定をする。


「あっ、眞昼。ペグはポールの方に向けて、交差するように打つんだ。そうしないと地面に固定されないからな」


「分かった。なんかアウトドアって感じがして楽しいな」


「勇にぃ、こっちも打ち終わりました」


 最後にフライシートをかぶせてこれも固定する。


「よし、完成」


 まずはこいつらの分のテントの設営が終わった。


「ふぅ、意外と簡単だったね」


 未夜がこともなげに言う。


「わぁ、広ーい」


 そのままテントの中に入り、ゴロゴロし始めた。


「私、テントってそういえば初めてかもー」


「全く、あいつはいつまで経ってもがきんちょだな。朝華、もう一つのテントを持ってきてくれ」


「はい」


「ねぇねぇ、もう寝袋広げていい?」


 顔だけ外に出し、未夜は聞く。


 初めてのキャンプに浮足立っているようだ。


「いいけど、先に中の通気口開けとけよ。暑いし酸欠になるぞ」


「はーい」


 入り口や通気口はメッシュになっているため、中に涼しい風が入るし防虫対策にもなる。


 そうして二つのテントの設営を終えた。


「勇にぃ、すごい汗です。お水飲みますか?」


「サンキュー、朝華」


 冷たい水が喉に沁みる。暑い中の労働で汗をたっぷりかいたが、まだまだ休んではいられない。


 次はタープテントを組み立てなくては。こちらは折り畳まれたものを広げるだけのワンタッチ式なのですぐに設営できた。


「おお、なんか雰囲気出てきたな」と眞昼。


 タープテントの下に折り畳み式のテーブルやアームチェアを広げ、クーラーボックスやキッチン用品などを運び出す。


「勇にぃ、これはどこに置けばいいですか?」


「それはそこのテーブルの上……」


 ジャグスタンドの上に古いラジカセを置いたり、その辺にあった大きめの石を積み上げてかまどを造ってみたり、こういう限られたスペースでレイアウトを考えるのはなんだか秘密基地づくりみたいで楽しい。


「ふう」


 これでようやくひと段落ついたな。


 テーブルの上に置かれた木製のアナログ時計は十時三十分を示している。


 ……まだ十時半か。


 時間の流れが遅く感じるのは、開放的な場所だからだろうか。仕事をしている時に時間が遅く感じるのは最悪だけれど、こうしたレジャーの最中ならばウェルカムだ。


 クーラーボックスを開け、スポーツドリンクを取り出した。華吉はかなり気を回してくれたようで、クーラーボックスの底には缶ビールやチューハイなどの酒類が豊富にあった。

 おいおい、俺一人じゃこんなに飲めないぞ……



 3



 富士山に面したアームチェアに座る。


「平和だなぁ」


 いつでも見える富士山だが、今日はなんだか趣きが違って見える。俺も久々のキャンプ――それもあいつらと一緒――に興奮しているのかもしれない。


 吹き込む風が心地いい。


 この平和な時間がいつまでも続いて欲しいものだ。


「未夜はまだテントの中にいるのか」


「呼んできますね」


 朝華が小走りでテントに向かう。


「勇にぃ、昼飯はどうする?」


 眞昼がコーラを片手に隣のチェアに腰を下ろす。


「ん、そうだなぁ……」


 食材はたっぷりある。


 この青空の下、こいつらと一緒に食べる料理は、なんでも美味いはずだ。


「あたし、久しぶりに勇にぃの焼いた焼きそば食べたいな」


「じゃあ、焼きそばにするか」


「へへ、よっしゃ」


 眞昼は子供のように笑う。


「おおぅ、すごーい。秘密基地みたいだね」


 未夜がテントから出てきた。物珍しそうにきょろきょろした後、クーラーボックスからお茶を取り出し、空いているチェアに座り込む。


「あれ? 朝華は?」


「車の方に行ったよ」


「車? なんで……」


 そちらに目を向けると、ちょうどキャンピングカーに朝華が入っていくところだった。


「トイレか? あっちの奥の方に公衆便所あるのに」


「勇にぃ、デリカシーって知ってる?」


 眞昼が冷たい声で言う。


「ぐっ……」


 ものの数十秒で朝華は出てきた。トイレではなかったみたいだ。


「勇にぃ」


 朝華はカメラと三脚を抱えている。


「せっかくですし、みんなで写真、取りましょう」


「いいね」


 眞昼が立ち上がる。


 なるほど、記念写真か。


 今日の日のことが、いつか振り返った時に大事な思い出として残りますように。


「よし、行くぞ」


 タイマーをセットし、俺は三人のもとに急いだ。


 四人で固まり、富士山を背景に一枚。


 パシャリと軽快な音が青空に響く。

 

 こうして俺たちのキャンプが始まった。





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